四十七記_裏腹
朝食を終えた私は、ソファに腰掛けて「今日やること」を書き出していた。洗い物は「それくらいは」と、新が買って出たため、彼に任せている。
「おねーちゃん。何してるの」
そうしていると手持ち無沙汰になっているイブさんがソファの空いているところにやってきた。私のやっていることが気になるようで手元を覗き込んでくる。
〈今日、やること〉
・イブさんの生活用品(服、下着、、肌着、髪留め…)などの購入
《後日、出かけるため最低限》
・オルトロスの遺骸の解体依頼→岬武具店
・オルグさんに紋章刻印の依頼
・家のリフォーム業者の手配
・支部長にイブさんの預け先の斡旋の懇願
リフォームに関してはオルトロスを倒したおかげで大分、前倒しになった。おそらくあの巨獣の魔
石の売却で目的の2000ラピスに到達する。
…これでようやく探索時間の延長が叶う
家を補修するときに新規の『歪曲の紋章』を描いてもらうことで誤差なしの転移が可能になる。仕組みとしては歩夢さまの家と同じだ。『四層以内』と制限あるものの『アトラスの紋章』の転移によって起こるプラスマイナス十キロを考慮しなくて良くなるのは大きい。それに緊急離脱時にもこの紋章は機能する。危なくなったら、逃げれば良いということである。
…とはいえ、一先ずは鍛錬ですか
鍛錬は毎日やらないと感覚が鈍る。新は今までよくやっている。ただイデアの能力が拡張されていくにつれて能力者はそれに頼った戦い方をするようになりやすい。万能に見えるイデアによる攻撃予測にも弱点がある。一つ、私が以前やったように完全に「詰み」の状態を作られること。一つ、イデアによる攻撃予測は魂あるものにしか使えないということ。
蠢く遺骸、岩石の巨兵、傀儡などの魂が通っていないものには無力なのだ。だから、戦闘勘を磨く必要がある。
「シャーロットさん、終わりました」
考えに耽っていると横から声がした。いつの間にかイブさんは隣からいなくなっており、姿を探すと食卓の近くでマイヤさんと戯れていた。
…フゥ
私は短く息を切って、席から立つと固まった肩を大きく回す。
「では、始めましょうか。今日の鍛錬を」
それから鍛錬を行なったのだが、新の動きは一日前に比べて著しく良くなっていた。黒狼との多対一の戦闘とオルトロスとの攻防を繰り広げたからだろう。若干ながら詰みの状況から脱する力に加え、攻撃予測からの体の使い方が格段に良くなっていた。
「新さま、お疲れのところ申し訳ありませんが、ギルドカードを拝見してもよろしいでしょうか」
「は、はい…」
…やはり
ギルドカードのスコア欄に表示された数字は「132」。回廊の戦い以前と比べて80近く飛躍していた。現在の成長進度が一週間に2〜3。期間にしての七ヶ月相当の上昇値になる。ただ、死地を超えることで上昇させるよりは段階的に上げていきたいところだ。…オルグさんのいう通り死なれてしまったら元も子もない。
「やっぱり上がってましたか?」
私がそれを見入っていると、体力に余裕が出てきたらしく彼は上体を起こした。自分では見ていなかったようで私からそれを受け取ると、「冒険者スコア」の項目で目を止める。
「…80ですか。まだまだ遠いですね」
彼は落胆を滲ませて眉を顰める。ロサ・ペッカートゥムが根城にしている深層のボーダーは600。それと現状を比べたのだろう。スコアは上昇と共に上がりにくくもなる。新は何事もなかったかのようにギルドカードを自身のホルダーにしまうと、立ち上がった。
「シャーロットさん、もう一本お願いします」
地面に転がる自身の剣を鞘に戻し、円盾を持ち上げる。
しかし…。
「いえ、今日は終わりです。焦ってもいいことはありませんよ」
指導者として彼にそう諭すと、私は武装を解いた。
…ここで稽古をつけるのもいいですが、それが焦りを生む切っ掛けになるかもしれません
気の焦りというものは当人からすると無意識であることも多い。そこを誤れば事を仕損じる。ふと先先代の事が頭を過った。『ステラ旅団』の事だ。勢いも気の焦りも似たようなものだ。無計画さという面においては。
「…シャーロットさん?急に固まってどうしたんですか」
どうやら、私の態度から不穏なものを感じ取ったらしい。
「なんでもありません、これから予定通り買い物に参ります」
突き放した物言い。それはステラ旅団の団員、その誰もを救うことのできなかった自身への嫌悪から出たものだった。
…八つ当たりのように申し訳ありません
私は心の中で彼に謝りながら、汗を流すために浴室へと向かった。




