四十四記_兄妹
「お兄ちゃん、お風呂入る」
「いってらっしゃい。玄関のほう行って左がお風呂場だから」
イブに場所を教えてから再び皿洗いに戻ろうとすると立ち止まったままの彼女の姿が映った。
「どうした?イブ」
「?なんでお兄ちゃん、立ったままなの?」
…なんでって
「お兄ちゃんも一緒に入るんだよ?」
「ど、どうして」
無垢な衝撃に言葉が支えた。
「だって、一人じゃなんか怖いし。髪長くて洗えないし」
…そっかぁ
相談の結果、湯船に入っている時はお風呂の扉に寄りかかっていること。髪洗う時はイブが俺を呼ぶと言った形になった。アルバートとは普通にお風呂に入ったりしていたらしい。もしかしたら真に兄妹と呼べる仲だったのかもしれない。
「お兄ちゃ〜ん、いる〜」
「いるよ」
これが数度続くと、髪を洗うことになった。
「…お兄ちゃんも変だね。体にタオル巻いてなんて」
…アルバートとは違うんだよ。それにこちとら歩夢以外の女の子耐性なんて皆無だからな
女の子の髪の洗い方なんて欠片も分からなかったから、イブに感覚的に判断してもらいながらの作業になった。これで学んだことは二つ。長い髪を洗うのは死ぬほど大変なこと。イブの場合、地に着くほどだから大概だ。もう一つは見ず知らずの女の子と一緒に風呂場にいるのは精神がとんでもない勢いで擦り減るということだった。
「出た〜。ブカブカ〜」
…「出た〜」じゃないよ、ほんと
イブには俺のTシャツを貸している。元々着ていた白のワンピースは薄汚れていて所々擦り切れていたのでもう着られないと思ったのだ。…肌着も脱ぎっぱなしていたので、とりあえずシャーロットさんの洗濯かごの中に入れておいた。
「お兄ちゃん、かみ〜」
「はいはい、髪ね」
長くなりそうだったので、台所から椅子を持ってきてから、洗面所に備え付けられている透明のアクリル板を取り上げる。
『温風の紋章よ、始まりの四季を漂う其の風をここに』
すると手に少し熱めの風があたる。これは実世界でいうところのドライヤーだ。ただ風量調節はないので、手の距離で物理的に調節のが地味に難儀なところである。
…電気代かからないのはありがたいんだけどな
「ただいま帰りました」
髪を半分くらい乾かしたかというところでシャーロットさんが帰ってきた。彼女は洗面所に入ってくると少々、口角を上げたような気がした。
「おねーちゃん、おかえり〜」
「はい、ただいまです。…あらあら。すっかり、お兄ちゃんですね」
なんかむず痒い。同時にらしくない。そう思って、理由を探ってみると分かった。俺は自発的に誰かの世話を焼いたことがなかったのだ。あくまで彼女の、歩夢の意志に沿って人助けをしていただけ。イブに流されるままにやっているが、こうしたことは本当に珍しい。
「新さま、変わります」
手を洗って俺からアクリル板を受け取ると慣れた手つきで乾かし始める。洗面所も所狭しという状態になってきたので一声かけて居間に行くことにした。
「じゃあ、シャーロットさん。あとお願いします。俺はリビングにいるんで何かあったら声かけてください」
「はい。承知しました」
歩いてソファまで行くとグッと疲れが込み上げた。そのまま二人掛けのそれに横になってだらりとする。慣れないことをし過ぎたからかもしれない。
…新層進出に格上の魔獣との戦闘。それにイブの世話
シャーロットさんにああ言った手前起きていようと思ったのだが、それを嘲るように瞼は重くなり、意識は深く埋没していった。




