四十二記_ロサイズム
白銀の髪をもつ少女は、シャーロットさんに叱咤されたのを根に持っているようで俺の背から離れようとしなかった。だから、俺が連れていくことになった。急ぐため少女は背中で抱え、俺は装備を再び『回収の紋章』に保存。シャーロットさんだけが武装している状態になる。何故か『アトラスの紋章』が起動しなかったので即時離脱の可能性は頓挫していた。シャーロットさん曰く、外部との干渉を阻害する結界の作用かもしれないとのこと。
「待ってください。そこまで急がなくとも大丈夫です」
砦の路地まで駆けて行こうと思った矢先、シャーロットさんに静止を促された。
「さっき、イブさんに聞きましたが黒狼の群れ…さらにオルトロスとの戦いでかなりの時間が経過しているはずです。普通なら追手と挟み撃ちになっていても不思議ではない…追跡者はないと考えても良いかと」
「そうですか」
彼女の考えに賛同し、歩いて砦まで帰ることにした。シャーロットさんに『イブ』と呼ばれた少女は初めこそ自分の足で歩いていたが、次第に鈍くなり仕舞いには『おんぶ』を要求され…今は背中で気持ちよさそうに寝息を立てている。
「この子、何なんでしょう?」
何の気なしに、隣を歩くシャーロットさんに話しかける。
「名前は『イブ・フロスト』というらしいです。それ以外のことは教えてもらえませんでした。イブさん自身のことは『アルバート』という人物に話すことを禁じられているようです」
…アルバート
その人物の名を反復する。もしかしたら冒険者組合のアーカイブに一致する人物がいるかもしれない。
「その人って…」
その背後に続く言葉を予想していたように彼女は語り出した。
「敵ではないようですよ。その人についてイブさんに聞いてみましたが、『アルバートお兄ちゃんが助けてくれたの』と言っていたので。彼女は何処かに囚われていたみたいですね」
イブが話したであろう所だけ妙に上手いモノマネが入ったのが気にはなったが、聞きたいことは聞けた。そこで戦闘時に起きた不可思議なことを思い出した。
「そういえば、シャーロットさん。気づいてますか。この子に触れられると急速に体力が回復するんですよ」
すると彼女は考え込むような仕草をした。
「やはり、あれは勘違いではない…」
話を聞くとシャーロットさんもその感覚をイブと握手をした時に感じたらしい。その前にも似たような感覚を得たという。
「俺がオルトロス相手に割って入った時ですか」
あの時、確かに彼女に手を差し出した。戦闘直前までイブを抱えていた残滓か何かだろうか。
「二人が同じ感覚を共有することなど滅多にありません。この子に何らかの能力が備わっているのは間違いありません。…訳ありのようですし、支部長に報告を上げて宿で保護しましょうか」
「そう…ですね」
俺はすぐに了承した。乗りかかった船というのもあるが、届く距離にある命は守りたいとそう思ったのだ。
…回廊で助かった
何とか路地へと繋がる壁に開いた穴へと辿り着いた。改めて見るとその穴を中心に蔓が伸びていた。おそらく小さな亀裂に蔓が入れ込み、内部から壁を破壊したのだろう。ちょうど道路の街路樹の根がコンクリートの地面にひび割れを作るように。
そこでもう一度『アトラスの紋章』を唱えると正常に発動し、空間に歪みが生まれる。その中に潜ると例に漏れず、目的地の「近郊」に飛ばされた。
「ピーラ・ルカ」
「珠玉よ、光れ」
俺たちは暗闇に降り立つやいなや、ルクス光を起動させ、辺りの地形と地図を照合させる。そこで現在地が帳支部から七キロ地点にいることが判った。帳支部から大和へと帰還する頃には日も落ちかけていたが、シャーロットさんの顔パスならぬ『名』パスを用いて支部長の堀田裕作氏の元を訪れる。念の為、イブは街に入ってからは厚手の布で顔を隠すようにしていた。
「その子が例の…」
「ええ。何者かに隷属する狼の一群れに追われていたところを新さまが救出なされました。場所は帳支部から十五キロほどの場所にある砦——その内部にある外部への紋章発動を禁ずる結界のなされた黒の城です。何か知っていませんか」
「すみません、シャーロット様。私もその…『黒の城』に致しましてはこの場で存在を認知したばかりでして…調べてみないことには何とも」
支部長は不甲斐なさそうに下を向くと少し離れたところにあるソファに横たわって寝ているイブに目をやった。
そこで俺はカードホルダーから一枚のカードを取り出し、「物質化」させようとした。
「どうかしましたか、新さま」
「ああ、すみません。これが何かの参考になればと思いまして」
汚れ物を出すことを告げると、支部長が戸棚から敷物を取り出してローテーブルに引いた。その後に黒狼の一匹から剥ぎ取ってきた「隷属系紋章」を机に乗せる。
「これは…!」
支部長は何か気づきを得たようで血相を変えて椅子から立ち上がると足早に自身の机に向かい、その中から一枚の紙を抜き取ると革靴を鳴らすのも気にせずにこちらに帰ってきた。
「シャーロット様は長らくラビリンスを離れていたのでご存じないと存じますが…」
そう言って手に持つ紙を提示する。そこには俺が持っているものと同じ紋章が描かれていた。
「ロサイズム。和名では黒薔薇衆。そう呼ばれる集団が用いる人工隷属紋章…それで間違いないかと」
「それは何ですか?」
正直、名前からそれ自体の意味は分かる。要は歴史背景を知りたいと言った感じだろう。
「はい。黒薔薇衆は名前の通り『黒バラ』ことロサ・ペッカートゥムそれがもたらす約七年後の破滅を『人類救済』と捉え活動する宗教団体です。発足者、主要人物ともに不明。しかし、その勢力はペッカートゥムの認知以降、急成長し、今やラビリンスを覆うほどとなりました」
その教団の活動内容に目を疑った。黒バラの呪いへの積極的な罹患。民間人の拉致、それから黒バラの呪いに強制罹患。黒バラに関しての研究。呪いを用いた生体実験。黒バラの討伐を指揮する義勇兵団の活動妨害、主要戦力の暗殺。悪道そのものだった。
…世界の破滅を自ら望むだと。どれだけの人が死ぬと思って…!
黒バラによる生命の喪失は誰かの大切な人が亡くなるという行為を同時多発的に起こす。その時、世界がどれほどの阿鼻叫喚に包まれることか。
…都合のいい解釈に大概にしろよ
込み上げる沸々とした感情を一息の深い呼吸で内に留める。話し合いというものは誰もが平静を努め続けるのが最低条件。ここで話の腰を折りたくはなかった。
「シャーロット様の判断は正しかったと私は思います。この少女のことが広く知れ渡れば、正規ルートを通じて教団に取り戻されてしまうでしょうから」
支部長は鬱々とした声色でそう言う。自身の不甲斐なさからだろうか。彼の手はわなわなと震えていた。
「…そこまでですか」
「ええ。ですから、シャーロット様のところで保護して頂き…。そうですね。この年の子供にするのも酷ですが、髪を染めるなどして身元を古典的に隠すべきかと存じます」
「確かにそうですね。紋章を用いると『看破』された時にどうしようもありませんし…新さまもそれでよろしいでしょうか」
一応の確認に返事をして了承の意を伝える。
間もなく、支部長への報告も終わり部屋を後にした。宿に帰るとシャーロットさんはアルバイトへと出かけるため急ぎで準備を始めた。どうしてもシフトに穴は開けられないらしい。
さっとシャワーを浴びると、膝丈の深緑のスカートに白のブラウスといったシンプルな装いに着替え、あっという間に彼女は支度を済ませた。
「では、行ってまいります。…あ、そうでした。新さまこれを」
一度、宿の扉を開けてから思い出したように腰元のホルダーからカードを取り出す。
「『疎通の紋章』です。これでイブさんとの会話も円滑になるかと」
「ありがとう」
感謝を述べて彼女からカードを受け取る。どうやら常態発動の紋章らしく持っているだけで効果が現れるらしい。彼女の言葉を聞きながら、カードケースにそれを入れる。
「新さまのものは後日、オルグさんに作ってもらうつもりです。…では行って参ります」
「行ってらっしゃい、シャーロットさん」
閉まる扉の隙間から彼女が街中を走っていくのが見えた。




