四十記_戦友
本来、あっていけない背が眼前を支配する。
「新さま、どうして…」
——きてしまったのですか。
言の葉に戦慄を滲ませる。これでは何のために自分が戦っていたのか分からなくなる。思わず、膝を屈して座り込んでしまった。
少年は雄々しい立ち姿で眼前の敵を見据えながら言った。
「シャーロットさん、歩夢はきっとあなたが死んで俺だけが生き残る結末なんて望んでない。俺もそんな結末は望まない。俺のことはよく知っているでしょ。だから、一緒に戦いましょ」
そう言ってこちらに手を差し出した。
* * *
眼前に見据えるオルトロスと彼女の戦いは見るからに劣勢だった。
…あれは虚勢だったんだ
それに気づき、都合のいいように解釈した先刻の自身に苛立ちを覚える。
…何が信頼だ。結局、楽な方に逃げていただけじゃないか
この世界のことを勉強したのなら、すぐに思い当たるべきだった。あくまで冒険者スコアは探索基準。討伐には対複数でかかる事のが常識なのだ。
シャーロットさん、差し違えるつもりか。
——くそっ。
彼女の考えに至ったところで思わず、背にある壁を叩きつける。その時、思わぬことに気がついた。
…体力が戻ってる
何かの勘違いかと思い、少女を抱えたまま、立ったり屈んだりを繰り返して確信する。
「Quomodo te habes?」
少女は何か理由を知っているかのようにこちらの様子を見てとるとニコリと笑ってみせた。
「Frater sanat? Et sororem ibit.」
少女は何やら話しながら、戦場を指差してみせた。俺が首を傾げると、俺を指差し、戦場を指差し…それを何度も繰り返す。
…行けってことか!
少女の意図に気づき、『ヘクトルの紋章』を彼女に手渡す。『回収の紋章』から装備を取り出すと急いで着替え始める。装備を整えると少女の肩に両手を置き、言い聞かせる。
「俺はお姉ちゃんを助けに行ってくる。君はこれを持ってここで待っているんだ」
言い終えると同時に『ヘクトルの紋章』の効果が切れたのか、白い燐光が体から消え失せる。
「行ってくる」
少女にそう言って亀裂を飛び出した。
「Bonam fortunam.」
* * *
眼前に迫ろうとしていたかの巨獣は一挙に蛇を両断されたためか、後づさりうめき声を上げた。多量の血が滴る蛇の胴の部分をゆるりと自身の方へと引き戻していく。
その様子を見ながら、新から差し出された手を取り立ち上がった。
「それで、何か策はあるのですか…?」
彼に問いかけながら、不思議なことに気づく。何故かは分からないが、限界突破の詠唱を使い、さらに一方的な連続攻撃によりすり減っていた体力がみるみるうちに回復していく。
…これならもう一度超えられる
「?どうかしましたか、シャーロットさん」
「いいえ、何もありません。それで、どうなのです」
「これを使います」
彼は手の甲に収まる一枚のコインが煌めいた。
「…『炎の紋章』ですか」
確かにこの紋章は強力だ。ただイデア産の紋章は時に術者に代償を払うものもある。しかし、四の五もなし。彼もそれしかないと踏んでのことだろう。
「わかりました。ただ、オルトロスの体毛は耐火性です。やるなら、体内から焼き焦がす必要がありますが…」
そこで初撃を思い出す。オルトロスの方を凝視し、止血はされているものの未だ傷が塞がっていないことを確認する。
手持ちの紋章は『幻影』と『拘泥』。…これならあるいは。
脳裏にチリリと閃光が走る。
簡潔に作戦を伝えると私はオルトロスへと猛進。新は迂回して巨獣へと向かう。
『幻影の紋章よ。我と重なりし我を生み出し、今一度理を阻まん』
『拘泥の紋章よ。地に泥濘を造り——』
『幻影の紋章』を唱え、分身一体を前方に作成。『拘泥の紋章』を途中まで詠唱し一時保持する。オルトロスは私が近づいていることに気づくと視界から姿を消した。その足は自身の血で濡れていた。私は分身の影になるようにしていた体を離脱させる。
…そこですか
『——刹那、惑溺へと誘わん』
跳躍と共に巨獣の背を陣取ると、紋章を発動させ——
『Ace of spades』
限界突破の口上。それと同時に発生する激しい気流を足場にし、オルトロスの背に突貫。眼下に形成された底なし沼に怪物の四肢を叩きつける。すると首の飾り毛の中から蛇の頭が出現した。背中に突き刺した細剣を引き抜くと切り伏せながら、頭に向かって走り抜ける。
そのまま一方の頭を踏み台にすると背面跳びの要領で宙を舞い、地へと降り立つ。オルトロスを捉えるため体を空中で翻したのが原因だろう。そのまま床を幾らか滑る。
頭上を見上げると複数の蛇頭が迫っていた。すぐさま立ち上がるとそれらを断ち切り、再びオルトロスの方へと駆け出す。
…本体は封じた。あとは囮
なるべく注意をこちらに向け、新の方へと行く蛇を軽減させる。
…ここからが勝負ですよ、新
眼前で足掻く獣を前に固唾を飲んだ。




