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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第三幕_白銀の少女と古びた古城

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三十九記_決死

 …オルトロス。ああ、ガーゴイルか

 回廊の中で特に明るくなっている場所、そこに空になった台座を発見し、眼前の獣、その正体を得る。

 …門番。それも層に不相応なほど強力なものを用意するなんて。ここには何があるのやら

 私は新さまがどこかへと突っ走っていったあの時、手元の蜥蜴焼きをすぐさま頬張ってから追尾した。しかし、見失ってしまった。流石は不法建築地帯。あちらこちらに大小の通路が伸びており、姿が視界から消えれば、手がかりは転じて薄くなる。

 所構わず、探し回っている時に外観が黒光りした異質な建物を見つけた直後、一帯に獣の咆哮が轟いた。もしやと思い、その建物に向かい…今に至るというわけだ。

 そこでオルトロスを見やる。早くも四肢を地につけ、二頭の頭を奮い、臨戦体勢となっていた。やはり、一筋縄ではいかない。オルトロスが動けない僅かな間に新さまを連れて逃げるという判断をしなかったのは正解だった。

 …奴の足は早過ぎる

 おおよそオルトロスの体重は二千五百キロ。ただその動きは狼以上に素早い。言葉にするなら、俊敏確殺といったところだろうか。追いつかれれば、最後ネコ目を圧倒する咬合力で噛み砕かれ死にいたる。

 …とはいえ、どうしたものか

 相手は冒険者スコア400を目安とする層の獣。多数で対応するのが常套だ。これを単体で撃破するとなると…冒険者スコア550を超えるのが一つの条件だろうか。

 私の手持ちで有効な紋章は『拘泥の紋章』、『鎌鼬の紋章』それに『幻影の紋章』。

 正直、この局面で欲しいのは身体能力系の紋章だった。しかし、ない物ねだりだ。中層域に達すればまだマシな構成で挑めたはずなのに。非常事態に歯噛みする。

 …勝てる算段が思いつかない

 今の私だと、差し違えて行動不能状態に至らしめるくらいが上等。それ以上は高望みというものだ。それを端緒に新さまと少女の隠れる穴を見やる。

 …あなたは生きてくださいね。それが彼女の最後の願いですから

 伝わるわけのないことを脳裏で呟き、体を翻す。剣の柄を握り直し、戦闘体制を整える。

 刹那、眼前からかの巨獣が姿を消した。

 『Ace(エース) of(オブ) spades(スペイズ)

 即座に限界突破の口上を唱えると全身を激しい気流が包み、目端でオルトロスを捉えた。前足で踏み込むと鋭角にこちらに向かって突進してくる。即座に屈み、弱点の首の付け根を両断する形で獣の足元に滑り込む。傷口から滴る黒い血が衣服を濡らし、重だるい感覚が身を包んだ。

 巨体をすり抜けるとすぐさま反転、次の攻撃に備える。

 …やはり、大した傷にはならないか

 先ほど切りつけた首の付け根から胴体にかけた場所はすでに止血されている。あの頑強な筋肉で無理やり止めたのだ。二頭の頭は何事もなかったように悠々と体をこちらへと向け、首を垂れると粘着性の強い涎を滴らせる。

 …完全に獲物と見てとったか

 今の数瞬でどうやら敵では無いと確信されたようだった。獣は私を中心に睨めつけながら円を描くように数歩進める。すると再び眼前から姿を消した。

 ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ!

 壁、天井、床を高機動で蹴り上げ、巨獣は撹乱を始めた。これで私を仕留めるつもりなのだろう。平面を蹴るごとに速度は上がり続け、ついには私を捕える格子と化した。

 瞬間、背に悪寒を感じた。半ば勘に従ってその方を向くと、目の前には一対の黒狼の顔があった。驚きつつも体勢を後傾、左腕の円盾を横顔に沿うように構え難を逃れる。

 それからは防戦一方だった。相手の攻撃をギリギリで知覚し、盾を構えてやり過ごす。次第に擦り傷や切り傷が増え、こちらの体力は着々と削られていった。

 「Garruuuuuuuuuuu…」

 「はぁ…はぁ…はぁ…」

 なかなか落とせないことに苛立ったのか。オルトロスは立体機動を切り上げると私から数メートル離れたところから唸る。途中からは限界突破の効力も切れ、戦闘勘に頼った防衛となった。綺麗には受け切れず、立っているのもやっとの状態になっていた。

 その時、こちらに向かって何かが飛来した。

 『…鎌鼬(かまいたち)の紋章よ。冷徹なる刃を持って我にかかる火の粉を払わん』

 こちらに伸びてくるそれに対して私は詠唱を早口で呟く。視界は汗で滲んでよく分からない。しかし、何かは予想がついていた。空中で鋭い音が響いたかと思うと足元にどさりと肉片が落ちた。

 …蛇の頭

 オルトロスの毛の中から数十の蛇が伸びている。私の周囲に発生した鎌の風によって頭部を切り落としているものの巨獣の元に帰る頃には再生が始まっていた。

 …ここからが本番

 オルトロスからしたら、これまでは前座だ。かの獣の恐ろしさはその巨体と二頭の近接攻撃、それに加えて首筋から生えた無数の蛇による中、遠距離の攻撃にある。

 頭の中で生態を反芻するうちに無意識に上体が前傾していることに気づいた。体を引き戻しながら、盾と剣の重みを感じる。構えようとしてもだらりと垂れたまま、腕は脳からの命令を無視し続けた。

 …まだ。まだですよ、シャーロット。まだ相手は意気軒昂ですよ

 相手は健全、こちらは満身創痍。しかし、あれを行動不能まで追い込まなければ、彼らは逃げられない。

 …構えなさい、シャーロット

 そんな願いは乏しく、体はいうことを聞かない。おそらくこちらの策に気づいたのだろう。鎌鼬(かまいたち)の効果が切れるのを待って数十もの蛇がこちらを包囲し、巨獣の足音が近づいてくる。ゆっくりと死が私に迫る。

 ——周囲から鎌の風が消えた

 私を覆っていた気流は無と化し、それを本能で知覚した無数の蛇が私を喰らおうとした時だった。それは音もなく落ちた。落とされた首から血が滴り、鉄の鎧に温もりが宿る。その感覚が夢想では無いことを示していた。

 眼前にあったのは件の少年の姿だった。

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