三十八記_盲目
「何をしているのですか!どこかへ駆けて行ったかと思ったら…あなたはバカですか」
叱責だった。突いて出た言葉は彼女にしては短慮過ぎる…どうやら相当にキレているらしい。
かの獣は盛大に壁へと叩きつけられたのにも関わらず、既に立ち上がりかけていた。それを見るとシャーロットさんは盾と細剣を構える。
「俺も…」
戦う。しかし、その言葉は瞬時に棄却された。
「丸腰の人が何を言いますか。しかも相手はあのオルトロスです。本来なら、中層域中部に生息する魔獣。どうして敵対しているのかは存じませんが、今の新さまでは戦いにすらなりません」
ぐうの音も出ない主張を早口で捲し立てられる。すると彼女は左手で腰元のカードホルダーから一枚のカードを取り出し、逆手でこちらへと差し出してきた。
「下層域の防護紋章です。これを持って隠れていてください」
受け取ると彼女は早口で詠唱を行う。
『ヘクトルの紋章よ。神域に至るその堅牢を持って我らを守り給え』
すると体全体を白く淡い光が覆った。体から燐光が発しているようにも見える。
徐に前方を見ると、あの少女が亀裂から外に出ているのが目に入った。おそらくさっきの壁に巨獣が叩きつけられた音か何かに惹きつけられたのだろう。
「…ホント、あの子は」
愚痴ばかり言うのはよくないが、本当に間が悪い。
「…知り合いですか」
俺の呟きにシャーロットさんが反応した。
「ええ、まあ、そんなもんです。俺はあの子を追ってここに辿り着きました」
「なら行ってください。」
「紋章の効果は肌が触れていることが条件です」。俺が少女の元に向かう際にそう耳打ちされた。全速力でその子のところまで走り、有無を言わさず抱き抱えると先ほどの亀裂へと身を投じた。すぐさまシャーロットさんに言われた通りに『ヘクトルの紋章』を唱える。すると少女にも淡い光が宿った。
「Frater,Quid hoc est?」
少女は自分の体をキョロキョロと見回したり、手を開けたり、握ったりしながら不思議そうに視線を上げた。
「この光は俺たちを守ってくれるんだ。俺から離れたら、光なくなっちゃうからな」
そう言って少女がどこかへ行ってしまわないように抱き留めた。
「Monstrum?」
モンスター…あの黒い巨獣のことを言っているんだろうか。
「あのお姉ちゃんが倒してくれるよ」
シャーロットさんを指さしてそう告げる。我ながら、ひどく他力本願だ。あまりの無力さに開き直っているのか、それとも彼女に対する信頼か。自分の思いの所以を考えながら、オルトロスと呼ばれた二つの頭を持つ怪物と対峙する騎士を見やった。




