三十五記_白銀の少女
「…なんだ、これ」
壁に人工的に掘削された大きな穴があり、その中に少々古めかしい街と思しきものが広がっていたのだ。家に家を縦に継ぎ足しした異様さに加え、おどろおどろしく光る橙色のルクス光が街から漂う危うさを演出していた。例えるなら…そう、小さな九頭龍秦城だろうか。
「これは…『砦』ですね。これほどの規模は珍しいですが…。いい機会です。新さま、行ってみましょう」
…こんないかにもな場所に入るのか
シャーロットさんへの疑心と「知恵者」としての信用とが胸の中でひしめき合ったまま、いつの間にかスタスタと歩いて行ってしまった彼女の後ろ姿を追った。
結果的に中はきちんとしていた。どうやら『砦』というのは街間が遠すぎる際に冒険者たちが中継地として建設するものらしく、業者が入ることが少ないことからああした外観に見えるらしい。冒険者組合含め国の行政機関はよほど悪質でない限りは「探索に利をもたらす観点」から強制的な撤去は行わないそうで半ば『黙認された不法地帯』と化しているとシャーロットさんが歩きながら話してくれた。
「嬢ちゃん、兄ちゃん!串焼きはどうだい!」
タンクトップにツナギ?だろうか。逞しい肉体をした男が遠くから声をかけてきた。香ばしい香りに誘われて足が勝手にそちらへと動いた。ホモ属や敵対種との連続戦闘を経たからか異様になんでもない串焼きが美味しそうに映った。
——どれでも一本 三十ペトラ
…くそっ、三百円だと。これなら買ってもいい…のか
「シャーロットさん…」
買ってもいいですか、と視線で送る。多分、顔に出ていたんだと思う。やれやれと言った様子で首を振った後、こう応答した。
「二本です。…私も食べます」
「わかりました」
許可を得た俺は自分の財布を歩きながら「物質化」。そのまま一直線にその露店へと向かう。
「二本、お願いします」
「まいど!ちぃと待ってな!」
近くに来て分かったが、この串焼き…でかい。串に刺された蜥蜴は三十センチほど、串の長さも含めると四十センチは優に超える。それに応じた大きさでバーベキューコンロを作っているからか迫力は抜群だった。
注文が入ると強火で表面を仕上げる仕様らしく、ざっとタレを塗った後に仕上げに入り一層、香りが立ち込める。
…これ、ハマるかも
そう思って反射的にお金の勘定をする。二、三日に一回食べるとして一ヶ月で三百ペトラ(三千円)…駄目だ。今そんな余裕ない。
即座に断念した。簡易的な図鑑が買える金額となってはそうせざるを得ない。
「へい、お待ち!」
大きな串焼きを二本受け取ると礼を行ってその場を離れた。
…ウマッ
鶏肉のような食感に醤油ベースの甘塩っぱいタレが絡み非常に美味だった。予め骨は取り除かれていたようで食べるのに苦労もしなかった。気になって裏にすると内臓と骨だけが綺麗になかった。
…これで見た目をちゃんと残すんだからすごいよな
何回か、一層で蜥蜴狩りをやったことがあるがここまで綺麗に捌けたことはなかった。
「なんか、凄いちゃんとしてますね」
「………ッ」
返答が遅かったので振り返ると蜥蜴肉を噛みちぎり、モグモグと咀嚼するシャーロットさんの姿が映った。口いっぱいに入れているからか、両頬が膨れていた。
俺が振り向いたことに気づくと、咀嚼回数を急激に上げて飲み込み何事もなかったようにこちらに問い掛けてくる。
「はい?何でしょう」
「…そんなに急がなくても大丈夫ですよ。『砦』の中が思ったよりちゃんとしていたって話です」
話す内容を要約して彼女に告げると、前方を向く。他に何があるのか気になったからだ。
——その時だった
振り返る刹那、目端に異様なものが映った。
狭まった路地の奥。長い白銀の髪をした少女が黒毛の獣に追われている、そんな光景だった。
幸い、蜥蜴焼きは食べ終えていた。
「シャーロットさん、ちょっと待ってて!」
「えっ…えぇ?」
いうや否や走り出したため、それを一方的に聞いた彼女は困惑した声色を漂わせていたように思えた。




