三十四記_高度知能種
「今のうちに説明してしまいましょうか」
適当な岩に腰掛けて雑談もほどほどに昼食を食べた後、シャーロットさんがそう切り出した。
「説明ってなんです?」
「無論、午後の討伐依頼についてです」
…討伐依頼
これまで楽だったことはない。ただのボス・プラートゥム相手でも気を抜けば、痛手を受ける。肉食獣となれば尚更だ。現代人と生存競争はミスマッチ。ここに来て二ヶ月になるが、俺は未だに四苦八苦していた。
「新さまはこの層の生態系についてどれほどご存じでしょうか」
その言葉を発端に記憶の中から情報を引っ張り出す。
「三層は、爬虫類と虫の生息域が広くて…確か、視覚の発達した種とそうでない種が多いとか。あとはこの層から人種が現れるというくらいですね」
ホモ属と言うのは俺たち人も含まれる分類だ。実世界のように生態系においての絶対的な王『人間』がいなかったため、それ以外の生物が高度な知能、学習能力を進化の過程で体得したとされている。すぐに思いつくのはラケルタ種、ルプス種、タルパ種辺りか。
「上出来です。今から其の内の一体、リザードマン。個体名ホモ・ラケルタ・オスグラディウスの討伐依頼を行ってもらいます。ホモ属の戦闘の肝は駆け引きです。では行きましょうか」
——想定していた。ホモ属はこの層が最弱。ラビリンスを下れば、下るほど生存競争は苛烈を極めるため、当然のように知性…もとい狡猾さが上がる。中層下部にもなってくると人の知能を容易に凌駕するとされる種も散見されるという。
…今から慣れておかないと、深層なんて言ってられないか
最終的な目標は黒バラ討伐の一助になることだ。こんな所でへばってはいられない。
装備の不備を念の為に確認してから、先行していたシャーロットさんを追った。
…っっ!
敵の攻撃と自身の身。その間に円盾をねじ込み、身体中の力を込めて拮抗させる。尋常でばない力が奥歯にかかり、歯が割れそうになる。
「SHAaaaaaaaa‼︎」
眼前で吠えるは蜥蜴人。名をホモ・ラケルタ・オスグラディウス。鋭い爪と刀のような骨の尻尾を持つ超人だ。なんとか腕による攻撃を弾き返す。刹那、あの鋭利な尾が眼前へと振り翳され、反射的に構えた盾を滑り落ちるようにして足元の岩を抉った。体の各部位が交錯した無理な姿勢のまま力任せに右手に握る剣を薙ぎ、敵をなんとか後退させる。
…はぁ…はぁ…、馬鹿力にも程があるだろ
こちらの様子を伺うリザードマンに対して盾を前に半身の体勢をとる。
…ホモ属同士はやりにくい
現状に誹りながら、相手に向けて切先を向けた。
…決して視線を逸らすな
心で唱え、相手を注視する。相手の跳躍範囲から僅かに逸れたところでジリジリとオスグラディウスと牽制しあっている。
…何分経った。三分、五分?
相手の隙を付くために相手を見据え続けているが、これが精神力をごっそりと削っていく。この層以降特有の暗闇による時間感覚の喪失が精神の緊張と混合してそうしてくるのだ。
…はぁ……はぁ……
…シュー…シュゥー…
自身の呼吸音、相手の呼吸音。それと僅かな装備の衣擦れ。何処からか木霊する雫。
…ジリッ
それが合図だった。相手の足が地面を擦った。刹那、オスグラディウスは数歩踏み込みで跳躍。すぐさま間合いを詰めてくる。俺は予想される攻撃に備え、盾を構えた左手に力を込めると…瞬間、かの鋭い手と円盾が金属音を奏でた。すぐさまそれをパリィ。そのまま重心を前に、迫っていた尾に剣を突き刺し、捻り切る。すると相手の驚愕とも取れる呼吸音と共に尻尾の骨刀部分が何処かへ飛んでいった。
…待て!
相手は武器の一つを失ったからか、こちらに背を向けて逃亡を図った。本来なら人の走力では到底追うことはできないが、これまでの戦闘で負った切り傷、そして尻尾からの多量出血で片足をひきづっている。
…間に合え…!
盾を前に極度の前傾姿勢を取り疾駆。敵に追いついた俺は反転。その首を刎ね、絶命させる。
「はぁ……はぁ…はぁ」
体を覆っていた緊張が解け、解放されたためかどっと疲労が込み上げた。
…これが高度知能種との戦闘
一度でこれだ。何度も、特に複数となんて考えたくもなかった。
すると後方から灯りが差した。シャーロットさんが沈黙させていたルクス鉱石に光を灯したのだろう。
「どうでした…と言っても見た通りですね」
彼女はそう言いながら。転がったオスグラディウスの死体を『回収の紋章』に保存していく。作業を続けたまま、彼女は言葉を紡いだ。
「初戦で私の手を借りず、打ち倒したのは素晴らしいです。ただ、戦闘の後、完全に気を抜いてしまったのは良くありませんでした。ここはラビリンスです。街ではないことを努努忘れないように」
…手厳しい評価だなホント
ただ言っている言葉はその通りだった。疲労を感じて警戒を疎かにしてしまったら、最悪死ぬ。
…一、二層でも同じだったのに途端に忘れるだもんなぁ
自分の物覚えの悪さに辟易する。一度で覚えろなんてこれまで何度言われたか。正直、実世界では呑気に何度も同じミスをしてその内覚えられれば儲け物だと思っていた。しかし、ラビリンスでは本当に一度で覚えなければ死ぬかもしれない。
…しっかりしろよ、俺
胸中で呟き、自分を鼓舞する。剣に着いた血を布で拭い、腰元の鞘に戻すと背筋を意識的に正した。その後も何度か、ラケルタ種との戦闘を行ったが、精神疲労が溜まっていたのか初戦ほど上手くはいかなかった。シャーロットさんは会敵するやいなや敵の反撃を許さず、処断するという四百年の戦闘経験で裏打ちされた強さであのリザードマンらを圧倒していた。
そうして、ラケルタ種や他のホモ属、敵対種を相手しながら移動することしばらく。急に周囲が明るくなった。あまりに急激に光量が増したため、目を覆ってしまうほどだった。
「…なんだ、これ」




