三十三記_三層進出
——二○二四年、八月九日、金曜日/ラビリンス一層『大和支部』宿屋
オルグへの紋章の委託から受け取りまでの二週間で三層の探索基準である『冒険者スコア:50』に達し、冒険者組合に許可申請をしていた。今朝、冒険者組合に訪れた際に正式に受領されたことを知り、急遽三層の探索をすることになった。
「転移先はどちらにいたしましょうか」
「三層、日本領『帳支部』でお願いします」
「承認しました。ではお手を拝借いたします」
係員の声に促されるままにシャーロットさんはその手を差し出す。そしてこちらの方に伸ばした方とは逆の手を寄越した。その手を取ると、係員は口上を述べた。
『アトラスの紋章よ、天と地を支えしかの巨人の力を持って我らを何処へ導きたまえ』
俺は転移の最中、気を引き締める。シャーロットさん曰く、ここからが本番だ。これまで通りの盲目だと足を掬われるかも知れない。仮初の空が消え、只々暗闇の続く終わりのない洞窟。深層を目指す命懸けの探索が始まる。決意の最中、地に描かれた紋章は輝きを増し、放たれる青白い光に一帯が包まれた。
——同日、ラビリンス三層『帳支部』
幾度かピント調節のために瞬きをすると周囲の状況が掴めた。
…暗い
オルグの工房の『乃木支部』の行き来で何度か使ったが、やはり慣れない。一、二層が持つ光量のそれの半分もない。組合内の転移広場を照らすのはヨーロッパ風の照明器具だけだ。
…街に出れば、一層と変わらないんだけどな
街全体にある街灯などの光量を調整することで擬似的に昼夜を再現しているからだ。
しかし、これからは探索。ラビリンスに潜るのだ。下手したら、ここより暗いところなんていくらでもあるのかも知れない。
「新さま、行きますよ」
いつの間にか随分と歩いていたシャーロットさんの姿を追って、転移広場を離れた。
「ピーラ・ルカ」
シャーロットさんは街を出ると暗闇の中で何やら呟いた。すると手だろうか。おそらくその辺りから浮上した何かが闇を遠ざけた。
「新さまもコレを」
差し出した手には直径三センチほどの小さな石が置かれた。
「復唱してください、『珠玉よ、光れ』」
「珠玉よ…光れ」
すると俺の手に置かれたその石は先ほどと同じように浮き上がり、二メートルほどの高さで浮遊した。
…これがルクス鉱物か
ルクス鉱物。これは光源となる光を発する鉱物の分類だ。『灯りの紋章』を刻むことでつけたり消したりできるようになる。三層以下の探索では必須の品とされ、深さに応じた光量を発すものが必要になるらしい。
「先ほど、ツルハシは受付で受け取りましたね」
その言葉で腰元に付けられた小型のそれに目をやる。コレはこの層以降では多くなる採掘依頼をこなすためのものだ。無償で冒険者組合で配られている。金に余裕が出てくると、自分用のものを武器屋に製作してもらう冒険者も出てくると本に書いていた。
「今日はオリエンテーションです。まずは層を見て回るのが目的。依頼も鉱物採掘のものを二つと討伐依頼を一つしか受けていません。では行きましょうか」
俺がこくりとうなづくとシャーロットさんはそれを了承の意と汲み取り、俺たちは探索へと乗り出した。
* * *
「これで鉱物系は終わりかな」
橙色の光を帯びるそれをツルハシで根元から叩き割る。砕けて地面に転がったものを『回収の紋章』へ「保存」した。
一方は実世界でもお馴染みの磁鉄鉱、もう一つはこちらでしか取れないルクス系の鉱石だった。こちらはその発光色からアウランティウムと呼ばれている。日本だと橙といった感じだ。なんで磁鉄鉱がこちらでも取れるかは謎らしい。コレ以外にも地球上に存在する鉱石が取れることから学者の『ラビリンス地球説』の槍玉に挙げられることがあるようだ。
その時、岩場から降りる足音と共にシャーロットさんの声がした。
「新さま、探索には慣れてきましたか」
「…わからない、っていうのが率直なところ…」
暗闇で時間感覚がないし、どこからか無数に落ちる雫の音が反響し続けているから方向感覚もかなり怪しい。地図を見れば今の場所は分かるが、感覚的に状況が把握できない現状では「分からない」という結論になる。
「まあ、そうですよね。…分からないことが分かっていてよかった。その内、環境に慣れてくると感覚が追いついてきます。気長に行きましょう」
…人の適応能力。高山や極寒、酷暑地域に適応するようなもんかな
シャーロットさんの言葉に呼応するように脳裏で呼び起こされたものを受け流し、次の指示を待った。すると彼女は徐にウエストポーチから時計を取り出し、時刻を確認する。
「一時過ぎ。お昼にしましょうか、新さま」
「わかりました」
もはや定番となったバゲットサンド。中身はレタスにトマト、厚切りのベーコン、仕上げにチリソースだ。療養期間に体力の増強をしたこともあり、最近は朝の弁当作りにも参加していた。その時、驚かされたのはシャーロットさんの手際の良さである。四百年は伊達ではない。正直、手伝わさせてもらっているという謎の感覚が生まれるほどだった。それくらい手際がいい。嘘か本当かは定かではない。ある時、半ば自虐的に『俺、手伝う必要ありますか』と聞いたら、さも当然のようにこんな答えが返ってきた。
『新さまの未来のお嫁さんのためですよ。料理上手になっておけば、女の子の胃袋掴めるではないですか』と。
まさかの返しに目が点になったのは言うまでも無い。




