三十一記_歪な救済
…やはり、きたか
私はオルグの言葉を聞いてそう思った。恐らくこちらの事情を探りたいのだろう。彼は元々深層の人間だ。なら、気にもなるというもの。
何せ、眼前に十三年もの間、行方知れずになっていた『シャーロット・ローレンス』が現れたのだから。
「嬢ちゃん、いや四騎士の『白騎士シャーロット』で間違いないよな」
新さまが椅子に座り直すのを確認するとオルグは話を始めた。
「ええ、そうです」
この御仁を欺くのは容易ではない。そう考え、私は素直に白状した。
「そうだろうと思ったよ。その成りに見合わない警戒能力の高さ、言動、落ち着き具合。そんでもって上層の冒険者の癖に岬のお嬢の推薦…これだけでもおかしいと思ったさ。ただ、確信に変わったのは新のあんたに対する呼び方だ。『シャーロット』。ここまで来りゃあとは簡単だ」
そこまで言い切ったオルグは私に視線を送ってきた。彼は早々に気づいていたのだろう。その上で私がいることをこの二週間、公言しなかった。
「…事情があんだろ、あんた。まさか生きてる…ってのも言い方も変だな。まだ失われていなかったなんてな。俺はてっきりあの——十三年前の『星々の大遠征』でなくなったと思っていた」
『星々の大遠征』。今、そう語られているあの事件は私が当時、所属していた『ステラ旅団』に準えたものだった。あの時、旅団は波に乗っていた。中層の第十層で当時の私の主人を含む三人の冒険者によって結成されたその組織はあっという間に下層を踏破し規模も加速度的に拡大。瞬く間にパーティメンバー全員が深層への切符、冒険者ランク600へと到達した。
そして、私たちは当然のように深層でも手柄を次々とあげ、遂に『深層の冒険者』の仲間入りを果たした。
今思えば、当時調子に乗っていたのかも知れない。ただ、そうなってしまうほどそのパーティは優れていた。人の数倍を生きる私とてそう思ったのだ。このまま旅団は冒険者の頂点に至るだろう、と。
しかし、そうはならなかった。
私は失念していた。ここは深層で、そしてラビリンスであるということを。
それは突如として私たちの前に姿を現した。あれは何だったのか。今となっては分からない。ただただ黒く、暗く、漆黒を体現したかのようなそれは。
——たった一個体で数百を抱える『ステラ旅団』を壊滅させた
「おい!おい!大丈夫か、嬢ちゃん」
その時、オルグの声が耳元で響いた。
「…はい」
少し遅れて返事をする。その時に見た彼の顔は焦っているよう見えた。確かに、会話相手が急に黙り込めば、心配にもなるだろう。
「大丈夫です。少し、昔を思い出していて…」
私は何度が深呼吸をして気を落ち着かせる。そしてあの後のことを話し始めた。
「『星々の大遠征』、よく知られているようにあの遠征で何かによってステラ旅団は滅びました。私は早々に当時の主人から『君がこのことを伝えてくれ』と言って戦場を立ちました。しかし、瞬時に旅団を屠ったあれは私に近づき、私も瀕死の重傷に至ったのです。何とか逃げ切ったものの、あと命も数刻といった具合で死の覚悟をしました」
チラリとオルグの方を見ると私の話を食い入るように聞いていた。新さまは口を閉ざし、ただ聞き入っている。知らない話に首を突っ込むつもりもないのだろう。
「ところで、オルグさん、冒険者の『刈谷優樹』を知っていますか」
「おお、懐かしい名前が出たな。深層にいた時のお得意様だ。あいつもいい冒険者だ。今は義勇兵団の団長で忙しくしているみたいだな」
「ご存じでしたか。私はその娘さん、歩夢さまに絶命の最中救っていただいたのです」
「ほう、あいつだいぶ若かったはずだが、やることやってるモンだなぁ」
オルグはそう言って、顎髭を触りながらニヤニヤと笑みを浮かべる。
「悪いな、続けてくれ」
彼は首をわずかに傾けて、左手をこちらに振ってくる。
「はい。私は彼女に救われました。…彼女の願いによって」
「願い?」
「そうです。私は重傷を負ったまま何とか深層の街『スイス領カミール支部』その近くまで辿り着きました。それを彼女が街の中から見つけたのです。たまたま街にいた父と共に様子を見にきました。優樹は私をもう助けられないと言いましたが、彼女は聞きませんでした。当時、まだ三歳です。常識も何もあったものではありません。歩夢さまは願いました『神様、この人を助けて』と」
「…!いや、だが…そんなことは」
彼は何やら思い当たる節があるのか、眉根をくねらせて難しい顔をしている。しかし、その予想を彼は頑なに否定しようとしていた。
そう。仮に予想が合っているにしても予想が時系列と合わない。少なくとも公共でそうとされていることとは違うのだ。
そして、私はその時起こった事実を告げた。
「彼女の願いを神ではありませんが、聞き届けたものがありました。あの黒バラ——ロザ・ペッカートゥムです。彼女の長い生涯その大部分を犠牲に私は蘇りました」




