二十九記_束の間
…持ち物は、カードホルダーにオルグへの手土産、あと財布か
三時間にわたる鍛錬を終えた俺はシャワーを浴びて身支度をしていた。
服装は厚手のパーカーにカーゴパンツ。日本の夏ではありえない格好だが、この世界は気候が違う。地形が洞窟だからか、何処もかしこも肌寒いのだ。それにこれから向かう三層は今までいったことのある一、二、三、六層の中では一番寒い。真冬手前くらいの格好でちょうどいいのだ。
…前言った時にオルグにも言われたしな
案外、早く準備を終えてしまった俺は何気なくソファに腰を下ろした。するとそれを見越していたかのようにピョンッと猫さんが膝の上でフミフミし始める。
「くすぐったいなぁ」
そうは言いながらもふと笑みが溢れる。この動作が何を示すのかは判然としないが、よくやられる。一度、用事があって引き剥がしたことがあったのだが、その日は無性に猫さんの機嫌が悪かった。ただ不思議なことにシャーロットさんが引き剥がすと、不承不承といった感じではあるが、その後ヘソを曲げることはないのだ。
俺の時でもある程度自由にやらせておくとあまり気分を害することなく、立ち上がりたい時に退いてくれるため、最近は敢えて気ままにさせていた。
「シャーロットさんが来るまでだからな」
「…」
刻限を告げるが猫から返事はない。ひたすら俺の腹を前足で前後させていた。
「はぁ…」
…そろそろきつい。猫さん、退いてくれないかなぁ
首を横に回して、時計を確認すると十五分も経っていた。いくら可愛いとはいえ、限度というものがある。フミフミ中に容易に体勢を変えることができず、体の複数箇所に凝りを感じ始めていた。
…でもなぁ、勝手に退かすと後で機嫌悪くなるかもしれないしなぁ
その時、脱衣所からドアの開く音がした。可能な限り首を後方に回すと。準備を終えたシャーロットさんが顔を出す。
「お待たせしました、新さま。出かけましょうか」
彼女の格好は金糸雀色のブラウスに紺のジーパンといった様子でシンプル目に纏められていた。ソファまで来ると慣れた手つきで猫さんを俺の膝の上から下ろす。
どうやら今日は踏み足りなかったらしく、「うう」と声を上げながら猫さんは未練がましく足をこちらに伸ばしていた。床に足が着くと諦めがついたのか大人しくなる。尻尾をゆらゆらと揺らしながら、ベッドのある方へと歩いて行った。
「私、大分あの子と遊んでいる時間は新さまより長いはずなのですが…未だにアレはしてもらったことがありませんね」
猫さんの後ろ姿に目をやりながら、彼女は「私もあんなに懐かれたいです」と不服そうに言葉を続けた。
…あれはどうなのかな。どちらかというと下僕かなんかと勘違いされているような…
シャーロットさんの言葉で内心そう思う俺だった。




