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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第二幕_地続世界『ラビリンス』

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二十六記_老人の篤志

 「…うぅ。あ…あぁ」

 背中に感じるのは硬い感触、体には暖かさを感じた。段々と微睡から覚め、上体を起こす。どうやら寝ていたらしい。ふと、眼窩を激しい痛みが突いた。しかし、それもすぐに薄れ、周りを認識できるようになった。寝ていたのはあの暖炉方向にあった机、その長椅子だった。

 その時、前方から声がした。

 「あぁ?起きたか、少年。ちょっと待ってろ」

 …この声はオルグ

 確か…この店に来て…イデア産の紋章、その『紋章化』の手続き。その後の紋章自体が持つ効力についての説明…そのあとは…

 …あれ?

 すっぱりとそこだけが不明瞭になっていた。何かあったことは覚えている。かろうじて想起されたのは朧げに燃える暖炉、そして揺り椅子に座るオルグの姿だった。

 「ほれ、ホットミルクだ」

 右手から差し出されたそれを受けとり、それを口へと運ぶ。温度に注意しながら、ゆったりと飲み進めてコップを机に置く。

 「少年、大事ないか」

 オルグは何やら心配そうに眉を顰めた。

 「えっーと…」

 「いや、覚えてないならいい。それ飲んだら帰れ」

 徐に窓に目を向けるとすっかり夜になっていた。正確には実世界に合わせて、この街の明かりが落とされたのだ。

 俺は言われた通りにミルクを飲みあげると、出入り口へと向かった。出迎えをしてくれるようでオルグは玄関口まで来てくれた。

 「少年」

 「はい」

 後ろから彼に声をかけられ、半身を向ける。

 「依頼通り、紋章は作る。だが…あまり使うな」

 何故か、と問うとオルグは少し考えるような仕草をして「…直感だ」と呟いた。何やら思い詰めた顔をしていたように見えたため、深くは踏み入ることはしなかった。職人の勘なのだろうか。なら、素直に従った方がいいのかもしれない。


 *  *  *


 ——同日/ラビリンス上層「第一層」日本領「大和支部」/宿屋

 冒険者組合経由で転移し、一層へ。それからまっすく帰路についた。

 「ただいま」

 「お帰りなさいませ、新さま。猫さんの餌はあげておきました」

 「ミャーオ」

 シャーロットさんにモフられていた猫さんが立ち上がり玄関の方へとやってくる。

 …シャーロットさんがいる。おかしい

 そう思って、客室の壁掛け時計へと足を運ぶ。目に入った秒針は日をまたごうとしていた。

 …そうか。俺はあの工房でたっぷりと三時間近く寝ていたんだ

 もしかしたら、気を失っていたのかもしれない。まだ体が十全ではないということだろうか。

 …今度、オルグにあった時に何か買ってこう

 仏頂面に荒い言葉遣い、そこからは想像もできないが、面倒見の良い性格をしているようだ。

 その時、足に疲労を感じた。そういえば午後は歩き詰めだった。事を終えたからか、疲れを一層強く感じる。俺は足の赴くままに近くのソファにもたれた。

 「そういえば、オルグってなんで客を取らないんだ?」

 ふと思ったことを口に出す。するとシャーロットさんが答えてくれた。

 「元はかなりの名工だったみたいですよ。ただ有名故の性ですね。多忙だったようです。それでより下層にあったお店を閉めて、わかりづらい路地に今の場所に新しく開いたみたいです」

 …まあ、単に忙しい仕事が嫌になって、必要十分の範囲内で働いてるって感じか

 確か、黒岩先生も似たようなこと言っていたように思う。

 『尾後おうしろ病院は忙し過ぎんだよ。老体に鞭打つんじゃねえってな』

 偶然にも先生が診療所を開業した理由と酷似していたのだ。

 その時、ふと彼の顔を思い出して、その懐かしさから口角が上がるのが分かった。

 「どうかしましたか、新さま」

 「いや、別に。ただ黒岩先生とオルグってなんか似てるなぁ…なんて思って」

 眼前の彼女は虚をつかれたように一瞬動作を止めたが、すぐに口元に笑みを湛えた。

 「確かに。そう言われると似ているところが多いかもしれません」

 …もう一ヶ月半か

 遮二無二やって来たからか、あっという間だったように思う。

 …だいぶ体も変わったかな

 ついこの間まで力を加えたびくともしなかった筋肉がグッと隆起するようになった。お腹に蓄えつつあった脂肪など何処かへやらだ。剣や盾の感覚にも慣れてきた。

 「さ、新さまそろそろ寝支度をしましょう。三日後には探索依頼に復帰です。体調は万全にしなくては」

 「そうですね。それじゃ、俺は風呂入ってきます」

 そう言って、席を立ち上がる。風呂場に向かうと後ろからテトテトと可愛らしい足音がした。

 「今日は君もついてくるのか」

 「ミャー」

 …今日は構ってほしい日みたいだ

 猫さんとは暮らし始めて十日ほどだが、少し分かって来たことがある。その一つが構ってほしい時の行動で、今回のこれは「今日は一緒に寝る」とそういった合図である。

 思っていた通り、あの白猫は寝る前にベッドに飛び乗り枕元で丸くなった。

 「おやすみ」

 「……」

 猫の寝入る姿を横目に掛け布団を肩まで引き上げて、暗闇の中へと意識を沈めた。

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