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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第二幕_地続世界『ラビリンス』

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二十五記_心の内

 「…なんか用か。こんなオンボロの店に」

 ドアから覗かせた無精髭を蓄えた小太りの老人だった。

 「実はこの辺りに腕のいい『彫刻師』がいるとの話を聞きまして」

 それを聞くと老人は目を細めてこちらを訝しんた。

 「誰だ、紹介したのは」

 「一層で武器屋を営んでいる岬姉弟の紹介で…」

 「…入れ」

 そういうと扉を開けて俺たちを室内に招いた。

 外観とは対照的二室内は整理されている。電気は通っていないのか、照明類は見受けられない。窓から入ってくる陽光だけが部屋全体をぼんやりと照らしている。お

 酒が好きなのか、玄関口の近くのラックに酒瓶がびっしりと並んでいるのが見えた。

 その老人は俺たちを暖炉の近くに手招きし、自身は底部の足が弓なりのロッキングチェアへと腰を下ろした。

 「椅子はその辺にあるやつを使ってくれ」

 言われるままに部屋の中に点在する丸椅子の一つをとって老人の近くに座る。シャーロットさんも同様に座ると彼は床から何やら拾い上げて手元で弄る。するとボッと火がつき、それは暖炉へと放られた。

 「少年。お前さん、初心者だろ。覚えておくといい。この辺の夜は冷える。そっちの嬢ちゃんは…野暮だな。こりゃ」

 そう言って自身の後頭部を掻く。一見しただけでそれとなく分かるのは年の功だろうか。

 そんなことを考えている最中、マッチの種火が薪へと移り始め、老人の顔を照らした。

 「俺はオルグ・ベルントソン。こんな名前だが、国籍は日本だ。一滴たちともこの国の血は入っていないがな」

 フッと皮肉を込めた笑みを浮かべる。程なくしてこちらの名前を聞いてきた。

 「山神新です」

 「シャーロット・ローレンスです。…こちらの看板ロートアイアン、この店のもの…で間違い無いですか」

 今まで持ちっぱなしだったのだろう。椅子の脚に立てかけていたそれを持ち上げて老人へと差し出す。

 「悪いな。最近は常連ばっかで気づかなんだ。…それで隠居の身の俺に何用だ」

 どこからともなく取り出したパイプに葉を詰めるとそう切り出した。

 

 「イデア産の紋章書ねぇ…」

 俺たちは挨拶も早々に本題に入り、あの森で手に入れた本を老人に提示していた。パイプから煙の輪を噴かせながら、本がパラパラと捲られている。

 「その本の『紋章化』をあなたに頼みたいのです」

 「だろうな」

 オルグと名乗る老人は前もって分かっていたかのような声色でそれに返答する。

 ものを咥えながら話すなんて器用だな、なんて思っていると老人は本を閉じると立ち上がった。

 「パッと見てすぐ出来そうなのが一枚、もう少しかかるのが一枚。他のは無理だな、おそらくは」

 彼は「詳しく見てみないと分からない」と言いながら、揺り椅子のそばのローテーブルにパイプ置く。

 「代金はいくらでしょうか」

 「一枚五十ラピスだ」

 …二枚で日本円で十万

 しかし、それを聞いたと迷いなくシャーロットさんは硬貨の入った袋を『物質化』。オルグさんと共に暖炉後方に位置する長机へと移動し、支払いを済ませてしまった。一連の手続きが終わると徐にスカートのポケットから時計を出して時刻を確認、すぐさま出入り口の方へと歩き出す。

 「すみませんが、新さま。後のことお願いします。私これから仕事ですので」

 彼女は「ではオルグさん、またの機会に」というと足早に扉から出ていった。

 「そんじゃあ、少年。今から説明すんぞ」

 オルグさんは愉快そうな口調でそういった。すでにパイプを付け直し、口元から煙を吐いている。…準備万端といった様子だ。

 「わかりました、オルグさん」

 すると眼前の老人は露骨に嫌そうな顔をした。

 「なしだなし。その話し方は他人行儀で虫唾が走る。さっきの嬢ちゃんはともかく、少年は普通に喋れ」

 「…はあ」

 なかなかどうして気難しいそうな人だなぁなんて印象を抱きながら、丸椅子を老人に近づける。シャーロットさんがいなくなり、間ができたからだった。

 「それで説明って何、だ」

 ぎこちなくも口調に気を配りながら、言葉を紡ぐ。

 「ったく、行儀のいいこったな。…まあいい。説明ってのはこの本から出来る紋章について、だ」

 オルグは本を捲り、該当する箇所に指を入れていく。そのうちの一つを開き、こちらに向けてきた。

 「こっちが早く出来るってやつだ。おそらく揚がるのは『火の紋章』。火の紋章にはマッチ程度から業火までいろんなのあるが、この複雑さからするに相当に強力だ。日常使いはお勧めしねえな」

 話によると火の紋章は詠唱するとその紋章の中心から炎が発生するらしい。あの本に描いてある紋章の出力になると耐火装備は必須とのこと。

 話に相槌を打つと次の説明に移った。

 「次はこれだ。かなり傷んでっからなんとも言えねえんだが、多分『水の紋章』だろう。こっちに関しちゃ具体的な能力は分からん。水の紋章は治癒するタイプから水を攻撃に転用したタイプまでそりゃ色々あるからな。出来てからのお楽しみってやつだ」

 両方とも回収の紋章で『紋章化』可能な特別性の鉱石(メモリア鉱石)に刻印すること、炎の紋章は二週間程度、水の方はその倍はかかることを聞くと、概要を語り終えたらしく煙を深く吐いた。

 帰り支度をするため、丸椅子を片付けようと立ち上がった時オルグから声がかかった。

 「まあ、そんなに急ぐなよ。まだお前にゃ、話があんだ」

 言われるがままに座り直す。業務的な話は終わった。それ以外に何があるのだろうか。

 「少年、この本はイデアに接続して手に入れたもんだよな」

 「ああ。あとは白猫が一匹。今家で飼ってる」

 そういえば『猫さん』呼びで名前を考えていなかったなあなんてことを思い出しながら、応答する。

 「猫だあ?まあ、そっちは専門外だ。問題はここに描いてある紋章だ。これまでもイデアの接続者に紋章化を委託されてきたが、お前さんのは異常だ。あまりにも()()()()()

 「…どういうことだ、オルグ」

 「ページの一部がズタズタに破れているのもそうだが、紋章の過半数が消えかけて判別不可能なこと。そんで、さっきも言ったが紋章が逸した複雑さを持つこと…」

 オルグは再びローテーブルに本とパイプを置くと、瞬間的に立ち上がり強く肩を掴んできた。唐突な出来事に身が震える。

 「少年、お前大丈夫か!」

 「いや、なんとも——」

 そう言って自分の体に目を向ける。手や足に力を込めて見ても異常は無さそうだった。

 「はぁ…」

 オルグは眼前で大きなため息をつくと揺り椅子に戻り、パイプを噴かした。

 「…気づいてねぇようだから言ってやる。この本は言わば、少年そのものだ。お前さんの精神は明らかに異常をきたしてる。ページの欠落は精神の崩壊、紋章の薄化は記憶の忘却、残った『火の紋章』は物事への疑心、『水の紋章』は、かろうじて見えるだけだからなんとも言えねえが——おそらく度を過ぎた献身、それこそインド神話の兎みたいにな」

 刹那、心の臓を杭で穿たれたかのような衝撃が身を襲った。

 思い当たる節はあった。

 精神の崩壊は心の拠り所だった歩夢の死。

 記憶の忘却は彼女の死から生じたもの。そして、それを皮切りに精神の深淵——何もできない無力感を感じること、それ自体の忘却。

 疑心はおそらく幼少期、両親の事故死から親類をたらい回しにされたことによって生じたものだろう。

 最後の献身はおそらく、彼女の死後これまでやってきたことだ。出来もしない『より多くを救う』という失うことを極度に恐れる心から生まれた救世主的願望。

 …あ、これは考えちゃいけない。俺は…いや僕は


 ——壊れる


 瞬間、今まで限界まで蓄えられた何かが膨れ上がり、ガラスが破砕するような感覚を覚えた。

 今まで敢えて避けてきた精神の深淵。今まで固く閉じてきた禁忌の解放。胸から生じ、その痛みに耐えるために眼球が無理に見開かれ、呼吸が急速に浅くなっていくのを感じた。

 もう辺りも認識できなくなった時、最後に感じたのは左半身からの鈍痛だった。

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