二十四記_オンボロの彫刻店
——二○二四年、七月二十四日/ラビリンス上層「第三層」日本領『乃木支部』
あれから二週間近くが経ち、体の調子も戻ってきたところで俺たちはある用事で三層の街を訪れていた。安静が終わってからは基本的に体力作りが主だった。本当なら、実践経験を積みながら身につけるという方針だったらしいが、万全を期すまでラビリンスの探索は不可。よって、筋トレ主体の生活を送っている。最近やっと筋肉痛が取れてきたところだ。
しかし、呑気に考え事に耽っていたのが災いしたのか、現在困った事態になっている。
目的地の場所がわからず、迷子になっているのだ。
「ええと、こちらの道を曲がって…この路地を入って…、どうしましょう…」
子供の落書きのような手製の地図を透き通るような濃紺の髪の少女が見つめていた。
「シャーロットさん、俺が見ても?」
そう言って彼女から地図を受け取る。
…なんだこの地図
彼女が繰り返しやっているように地図を回したり、辺りの様子を確認したりするが全く要領を得ない。
…香織さん、これは分かんないよ
そんな呆れた呟きが胸中に沸いた。この地図はあの武器屋の姉弟——その姉の香織さんに描いてもらったものだ。俺が病院で安静にしている二日間の間、シャーロットさんは『三毛猫』の仕事を含めた用事をしに一人、一層に戻っていた。
その用事の一つがあの『紋章修復』が可能な彫刻師と呼ばれる人の伝てを探すことだった。シャーロットさんは中層以降を長年、拠点としてきたため上層ではそこまで顔が広くない。そこで仲介を買って出たのが、あの武器屋だった。それで出てきたのがあの《《地図》》だ。
『行きゃ、分かる分かる』
シャーロットさんは香織さんの勢いに釣られてそのまま押し付けられるような形となって、店を後にした。再び聞くのは申し訳なく現在に至るというわけである。
手がかりは三つ。
『第三層の乃木支部、その左側の路地にあること』
『香織さん直筆の煩雑な地図』
『丸から矢印が出るようなエンブレムの看板が目印であること』
↑
← ○ →
↓
このようなマークが白地の看板に黒で描かれているらしい。あの地図にもデカデカとそのマークと共に『ココ!』と書かれている。
だが、『乃木』の路地はもはや迷路だ。小さな支部を継ぎ足し、継ぎ足しで大きくしたという歴史からか一本の道から無数の道が伸びている。実世界でいうところのスラムの成り立ちと似ている。その中から正解の一本を引くのは…難度が高すぎた。
「もう少し探してみて、手がかりがなかったら引き上げましょうか」
「そう…ですね」
額に浮かぶ汗を拭って、再び路地へと歩を進めた。
「ないですね…」
「そろそろ刻限ですね。香織には申し訳ありませんが、戻りましょうか」
「はい」
辺りは夕陽のような紅い光で染まっていた。一層以降のラビリンスはこうした人工的な光を駆使することで暗闇の中に実世界と同じような感覚を人体に与えるように作られている。
…午後五時ごろってとこか
シャーロットさんの『三毛猫』の仕事もあるので引き上げることになった。最後の悪あがきとしてきた道とは別の道から大通りに出ることにした。
俺といえばこの後は大和支部の資料保管庫に行き、本を借りて宿で勉強である。学習内容は、『上層全十三層について』。目先で必要な知識からつけていくのがいいと思ったからだ。これは鳴門で療養していた時に決めたことだった。実際、一層に戻ったタイミングで勉強を始めている。
資料保管庫で勉強するのが最も効率的だが、宿で待つあの白猫に餌もやらないといけない。シャーロットさんは、夜はバイトがあるので必然的に餌やりは俺になる。
…可愛んだよなあの猫
目の前で急にゴロンと転がったり、気まぐれでちょっかいをかけてきたり…自分が可愛いと自覚しているかのような仕草をしてくる。初めは「餌代が、砂代が…」とブツブツ言っていたシャーロットさんもすぐに絆され、今では帰ってきたら問答無用で猫と戯れる時間を作っているくらいだった。
…何百年も生きてて猫飼ったことないのかな
ふとそんな疑問が浮かぶ。少し前を歩いている彼女にそう尋ねようとしたその時。
カンッ!
足元からする鋭い金属音がした。
シャーロットさんも驚いたようで、身を縮こませていた。
「…びっくりしました。新さま足元には気をつけてください」
「すいません、ちゃんと気をつけます」
こちらに振り向いて、少々不機嫌そうな顔を浮かべる彼女をそう制した。どうやら蹴ったのは錆びた金属板のようで、蹴ったところのサビが僅かに削れていた。
徐に目をやると円の四分の一とその下にほんの少し棒のようなものが見えた。
…‼︎
俺は蹴った金属板を拾い上げて凝視した。
…錆びてるけど、あのマークだ
夕陽もどきに反射させながら、それを確信する。金属板には金属疲労で折れたような跡が見受けられた。それを見た俺はすぐに一帯の様子に目をやった。
…あった
「どうしたのですか、新さま。そんなガラクタを握りしめて」
「あったよ、シャーロットさん。これだよ、これ!」
日中、歩き回っても見つからなかったからか、いつになく興奮していた。
その金属板もとい、看板を見てすぐに彼女も目を見開いた。
「あそこの建物から突き出たポールに多分ついていたんじゃないか、と」
見上げて見つけたそれを指差す。
「時間もあまりありません。オーダーだけでも済ませましょう」
シャーロットさんは懐から時計を取り出して時刻を確認すると例の建物へ近づき古い木製のドア、そのドアノッカーを強く叩いた。
するといくらか遅れて返事が返ってきた。
「…なんか用か。こんなオンボロの店に」
ドアから覗かせた無精髭を蓄えた小太りの老人だった。




