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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第二幕_地続世界『ラビリンス』

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二十三記_イデア境界

 …知らない天井だ

 まさか自分がそんな創作の物語、その冒頭のような感想を覚えるなんて思わなかった。

 反射的に体を起こすと、腰回りに痛みが走った。

 「ッッ…ここは…」

 腰をかばいつつ、辺りを見渡す。ベッドが横並びに連なり、白い服をきた人が忙しそうに往来している。

 …病院か

 大学病院のように設備が整っているわけではなく、どちらかというと民営の診療所といった感じだ。…まあ、紋章という神秘のある世界だ。仰々しい設備は必要ないのかも知れない。

 「ミャーオ」

 「君も一緒か」

 声に導かれて窓を開けると下にはあの猫がいた。首を僅かに傾げたままじっとこちらを見てくる。

 …なんだこの生き物、かわいい

 そうしているとだんだんと記憶が蘇ってくる。

 ——確か、気づいたら森の中にいて

 ——こいつについて行って、古い教会に入って

 あの本を見て痛みに襲われたんだ。

 その後は朧げだが、うっすらと人に抱き抱えられたような…そんな記憶がある。

 …あの本どこだ

 猫がいるのなら、本もあるはずだ。確か、裏には俺の名前が書いていた。

 なぜあの本が気になるのかは分からない。けれど、手元にないことに無性に不安を感じた。

 「新さま、起きられたのですか」

 病床から少し離れた扉から人が入ってきた。可愛らしさの中に芯の通った凛々しさを感じさせる声。姿を見なくとも誰かは分かった。

 「シャーロットさん、心配をおかけしました」

 「いえ、大事に至らず良かったです」

 「後で、な」と猫に声をかけてから、窓を閉めてベッドに座った。

 彼女が来客用の丸椅子に座ると話が始まった。その中で森の中で何を見たのかを聞かれた。教会の話をし始めたところで彼女は怪訝な顔をした。

 「教会ですか…それにオトフリートでもシャルトルでもなく、クレタ型。ということはキリスト教的な意味合いはない。何かの暗示でしょうか。まさか、あのミノスが動き出した——」

 「シャーロットさん、大丈夫ですか」

 何やら呟きながら考え込む彼女に声をかける。シャーロットさんそれに気づくと取り繕うように背筋を伸ばした。

 「と、ところで新さま。具合はどうですか」

 「まだ体全体が少し鈍いような感じはするけど、大丈夫です」

 突然の問いに戸惑いつつ、手足に力を入れて状態を確認する。

 「それでさっきの話ですけど」

 「すいません。まだ、推測の域を出ないので」

 「そうですか」

 明らかにシャーロットさんしか知らないことがある。ただ、可能性の段階では共有したところで実を結ばない。そう思って興味は脳の隅に留めておくことにした。

 「あ、それで。シャーロットさん。あの…本知りませんか?このくらいの大きさで表紙が革製の…」

 シャーロットさんは「これですね」と言って、ベッドの横の木製の収納棚から例の本を取り出した。

 「それです、それ。なんか自分で持ってないと不安で…」

 「そうですか、ではお返しします」

 教会の中で見つけた本を手にとる。奇怪なことに今回は立ってもいられなくなるような激しい痛みには襲われなかった。

 シャーロットさんにその話をすると、「おそらくその『痛み』がイデアとの境界でしょう」と言われた。彼女によると、どうやら俺は『イデア』と呼ばれる魂の集合体に接続する素養があるらしい。森まで行った記憶が途絶えていたのもその入り口に干渉したからではないかとのこと。今回の一連の出来事は日々の探索による疲労が原因で夢と現の境界が曖昧となり起こったものだろうという話だった。

 「申し訳ありません。このような事態になるとは思わず…」

「いいですよ、結果的になんともなかったんですから。ところでイデアってあのプラトンの『イデア』ですか」

 一通り話を聞いて俺は確認をする。

 「ええ。実世界で接続する人は稀ですが、ラビリンスだとかなり『境界に足を踏み入れた人』は多いです。こちらでは『第六感』という呼ばれ方もされます。私の先代の所有者にも何人かいましたが、上手く使えると少し先の未来を見たり、人の心が読めたりすると聞き及んでいます」

 …なんじゃそりゃ

 俺は目を点にする。まさか自分にそんなインチキ占い師みたいな能力があるとは思わなかったのだ。ただ『上手く使えれば』か。取り敢えずは先送りだな。

 「それで、これからですが…」

 彼女が話を切り出したところでいつの間にか地に落ちていた視点をあげてシャーロットさんに注意を向ける。

 「あと二、三日は安静を。その後、一層に戻って一週間は体力回復。その次の週から鍛錬の再開…依頼は街中で完結するものにしましょう」

 「わかりました」

 街中の依頼は危険度の低さから外の依頼より割りが悪いが仕方がない。万全の体でも命取りになる可能性のある探索に出るのは自殺行為だ。

 「あとは…」

 シャーロットさんは言葉を繋ぎながら、俺の持つあの本を指差してきた。

 「一通り閲覧したところ、何枚か『紋章化』できそうなページを見つけました」

 右横に置いたままになっていたその本を彼女に手渡すと、本を開いて該当する場所を見せてくれた。

 …わからない

 五枚ほど見せられたが、なんの紋章なのかはさっぱりだった。唯一分かったのは線が複雑に絡み合って綺麗な紋様になっているということだった。

 「これを古い紋章を読み解くことのできる方へ持って参ろうと思います」

 「いつにします?」

 「そうですね…安静して、体調が戻ってからなるべく早くでしょうか」

 なぜそんなに急ぐのかと聞くと、古い紋章の解析作業にはそれなりの時間を有するためという。そこでふと閃いた。

 「これ、ページちぎってこのカード…『回収の紋章』に認識させるのはダメなんですか」

 収納棚の上に置いてあった俺のカードホルダーから片面が真っ白のトランプカードを取り出して言った。明らかにそっちの方が早いはずだ。そう思った。

 「それが、ですね…。実は『回収の紋章』は紋章を紋章化することはできないのです。だから専門の方に持って行くのですよ」

 「意外と制約があるんですね、これ」

 そう言ってカードをホルダーの中へとしまった。そして、再び本を手に取る。

 「そもそもこの本って何なんだ?」

 そんな呟きが口から漏れた。

 するとシャーロットさんが「これは仮説ですが」と前置きした上で話し始めた。

 「イデアには知っての通り、抽象化された概念の集合体です。それに人を当てはめると魂そのものと捉えることができます。この場合、集合体として人を見ると人自体の種族的概念という可能性もあり得ますが、今回は新さま自身のイデア。その本はその具現ではないかと」

 …つまるところ俺自身を定(アイデン)義づけるもの(ティティ)ってことか

 そう思って見ているとあの手放せなくなるような感覚の意味が分かった気がした。

 …だったら、この本は

 しかし、そこでキンと一閃。頭痛が起こる予兆のそれと近しいものを感じた。グッと一瞬堪え難い痛みが脳を突いた。際して、朦朧となった頭がはっきりとしていく。

 …あれ、俺は何してたんだっけ?

 その時、手元に重みを感じた。

 …そうだ。この本の話をしてたんだ

 トンットンットンッ

 その時、扉を叩く音がした。

 「失礼しま〜す。みなさんご飯ですよ〜」

 一人の看護師がドアを開けると背後に配膳用の温冷ワゴンが見えた。

 …歩夢がいた病院でもアレ見たなぁ

 そんな感傷が胸をついた。

 「それでは話は後にしましょう。私も食事に行って参ります」

 そういうと早々に病室の扉からシャーロットさんは出て行った。

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