二十二記_救出
程なくして彼は見つかった。
濃霧立ち込める森の中、インナー一枚で寝息を立てていた。
「新さま、新さま!」
そばに駆け寄り、その場で膝間つく。そのまま抱き抱え、声をかけた。
「…うぅ、ん」
彼は口から異音を発した。寝ぼけているのが分かった。次第に目が覚めてきたようで数度瞬きをすると起き上がった。
「あれ…確か…俺は…教会にいたはず」
呟かれる言葉から辺りを見渡したが、そんなものはない。まだ夢でも見ているのだろうか。
「シャーロットさん…どうして」
その言葉を最後に体が重たくなった。彼の口元に耳を近づけ、呼吸が止まっていないか、確認する。
…呼吸は大丈夫
冷たい地面を背に長時間寝ていたのなら、おそらく低体温症だろう。それで一時的に気を失っているだけだ。
「この近くの『鳴門』に俺らのセーフハウスがある。そこに跳ぼう」
「ありがとうございます」
私は至れり尽くせりの状況に感謝を述べる。
「そうだな。そしたらシャーロットちゃんは少年を病院に連れて行けばいい」
「なぁ、今日は探索、午後からでいいだろ」
「まあ、徹夜だしな。命が惜しけりゃ、ご安全にってな」
岩谷さんのパーティメンバーが口々に反応を示す。ここでは時間の感覚が曖昧だが、体感覚的にすでに早朝だろう。もう一時間もすれば、冒険者組合が始業するはずだ。
それにセーフハウスなら、恐らく『歪曲の紋章』その番いが刻印されているはずだ。『アトラスの紋章』と違って、誤差が出ることもない。…良かった。
…一刻も早く、一層の刈谷家を稼働状態にしなければ
そんなことが頭を過ぎる。早々にこのような状況になった以上急がねばならないのは必然だった。
「私たちは店開けなきゃだから戻るよ」
「ねーちゃん、今日くらい休みに…」
「なるわけ無いだろ。今日は予約が二件入ってたはずだよ。寝るんだったら、終わってからにしな」
その言葉に傑はがくりと肩落とす。そして「あいよ」と不機嫌そうに返事をする。歳を経ても相変わらず、香織には逆らえないらしい。
「皆さん、ありがとうございました。このお礼はまた後日」
「あ、シャーロット。ギルドの捜索依頼の取り下げ手続きは私がやっとくから。その子の看病してやんな」
「はい。ありがとうございます、香織」
それに対して手を振ると『歪曲の紋章』を取り出し、亜空の中へと消えていった。
「シャーロットちゃん、少年は運ぶの手伝うぜ」
「ありがとうございます、岩谷さん」
岩谷さんはいうや否や、私から新さまを受け取ると肩で抱えた。その時、彼のパーティメンバーの一人が『歪曲の紋章』を発動させた。
『歪曲の紋章よ、理の外に存在せし獣を今一度解放し、眼前に彼ノ地へ続く門を開かん』
岩谷さんのパーティメンバーは虚空に出現したそれに次々と飛び込んでいく。
…私も行きましょうか
そうゲートに立ち入ったその時、どこへやら消えていたはずのあの白猫が突っ込んできた。
——へぇ⁉︎
私は胸中で素っ頓狂の声を上げる。しかし、入ってしまったものは仕方がない。空間を跳躍している途中、体重が軽いからか、クルクルと回転しながら、すっ飛んでいった。
その後、『鳴門』の冒険者組合に行き、病院の紹介を受けて新さまをそこへと運んだ。それが終わると岩谷さんたちとは酒場で会う約束をして別れる。
「ミャー」
窓の外から声がした。
「っはぁー。あなたはなんで来たのです?」
私は猫に問いかける。野良なので冒険者組合に引き取ってもらおうと思ったのだが、異様なほど嫌がり、冒険者組合内を逃げ回ったので仕方なくこちらに連れてきている。
「猫さん、勝手にどこかに行っても私は知りませんからね」
「ミャ」
寸の間もなく、元気の良い返事が返ってきた。
…この猫も不思議ですが、もっと不思議なのはこの本
岩谷さんが別れる間際に渡してきたものだ。パーティメンバーの一人が新さまを発見したあの場で拾っていたらしい。後ろに「arata yamagami」 の名が記されていたことから彼のものだと思って私に渡してきたのだった。
しかし、このような品を彼が持っていた記憶はない。新さまにはお遣い程度の金銭しか渡していない。こんな年代物を買えるような額は懐にないはずだった。
そこで一つの可能性に至った。
…イデア境界
人は何か嫌なことがあるとその原因を自身に求めることがある。そしてそれは同時に心の深淵を覗くことを意味する。新さまのように人を無条件に信じられなくなるような凄惨な幼少期を送った人は人知れず深淵に踏み入っていることが多いと聞く。結果として、彼は『イデア』と接続する可能性があっても不思議ではない。
…仮にこの本がイデアの産物だとしたら、この猫も
窓から差し込む光を背に気持ちよさそうに寝る白猫に目をやる。仕草だけでそれとなくこちらに意図を伝え、動作を促す猫。イデアに存在する『何か』が彼を通じて『猫』の形をとって現界した可能性が高い。
今回の失態は私にあった。彼が六層のあの森にいたのは夢と現の境界が曖昧になっていたからだ。それだけの疲労を抱えていたのだろう。
…しかし、あのレベルで体力をつけなければこの世界に適応できなかった
それもまた事実だった。長期間、勉学のみに打ち込んできた新さまは体力が平均を大きく割っていた。それを取り戻すためにも必要なことだったのだ。この四週間で彼の体は肉体労働に慣れ始めていた。定期的に同じような依頼を受け、彼を見ていたから分かる。
…本当はもう少し追い込みたいところですが、無理もいけません。暫くは剣と体術の鍛錬。後、安全にできる事といえば、筋力トレーニングでしょうか。それ以外は彼の体が万全になってから、ですね
そこまで考えて伸びをする。かなりの時間、同じ姿勢で考え事をしていたからか肩が重くなっているような気がした。
…それはそうと、猫さんのご飯買ってこないと
この猫がイデアの産物ならほぼ確実に新さまから離れそうとはしないだろう。なら、飼うしかない。
…キャットフード、出費痛いなぁ
私は新さまのこと看護師に任せると、必要な品を買いに『鳴門』の街へと出かけた。




