百九十一記_黒白
——ニ〇ニ四年、八月三十一日
「業平、あんた本当に大丈夫」
その日、俺は空港にいた。辺りは国内外の人でごった返し、様々な言語の応酬が繰り広げられている。
『受験前に知見を広げてそれから進路を選びたい』
俺はこの理由を盾にラビリンスを巡っていた。連絡は逮捕後、途絶えてたと思っていたのだが、隠蔽工作の一貫で画像生成AIを始めとするディープフェイクを用いて虚偽のやり取りを繰り返していたらしい。これには自分のスマホが返ってきたびっくりしたものだ。いつの間にか追加されていた片峰さんの電話番号からショートメッセージが入っていなかったらと思うと今でも恐ろしい。
まあ、それは兎も角、俺が今ここにいるのは『留学と際して渡航するため』だ。
勿論、建前だ。本命はヤマト機関との合流。俺が母さんについていた嘘を踏まえてこのような形となった。
「随分、急だったけど…。まあ、学校と提携してる所みたいだから、あんた成績いいから奨学金も貰えたし。でも、昔から急よね。業平は」
母さんはそう言って苦笑する。
「急って」
確かに今回は急だが、他に急だったことはあるだろうか。
「習い事だって飽きたらすぐやめるし、山神くんが行くからって理由だけで半年前に藤ノ宮高校に志望校変えるし。あんたはそういう星の下に生まれたのかもね」
母さんは呆れたようにため息をつくと「まあ、これまで上手くやってきたあんただから大丈夫でしょう」と言って口を綻ばせる。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「うん、行ってくる」
純然な息子に期待を向ける眼差しを受けて俺はゲートへと向かう。荷物検査を終え通路が曲がり角に差し掛かる刹那、徐に振り返ると小さくゆるりと手を振る母さんが見えた。
振り返すと微笑を湛えたのが分かった。
…母さん、嘘ついてごめん
俺は完全に彼女が見えなくなると懐から一枚の紙を取り出す。それは空港内の地図だった。俺は荷物を引き摺りながら足早に合流場所を目指す。
そうして幾らか通路を移動すると、地下の駐車場へと行き着いた。
「お待たせしました」
その場には三宅さんと片峰班長の姿があった。
「それじゃあ、行こっか」
『アトラスの紋章よ、天と地を支えしかの巨人の力を持って我らを何処へ導きたまえ』
すると薄暗い駐車場の中に漆黒が生まれる。片峰さんは中へ足を踏み入れるとふつと消える。
「業平くん、吾達も行こう」
「…はい」
俺は返事をすると彼女の後を追い、虚空へと足を踏み入れた。その日、俺は『ヤマト機関』の一員として行動を開始した。
——エピローグ.アキレスと呼ばれる男
それから間もなく俺は戦闘力を買われ、冒険者組合の諜報担当に任命された。冒険者組合を出入りし、ロサイズムの情報を得ながら、数多の怪物との戦いに身を投じる内に冒険者ランク500を突破。程なくしてラビリンス深層探索許可を得た。
そのランク上昇速度は歴代でも異常だったらしく、「まるで神話の英雄のようだ」と風潮され、いつの間にか『アキレス・キッド』なる二つ名が付いていた。
これがあれから約一年の出来事だ。
やがてロサイズムの動向がきな臭くなり『ヤマト機関』から招集を受け『ペッカートゥムの種子』を研究するシェリー・エバンスを追うこととなる。その最中、図らずも二年越しに新と一方的な再会を果たした。相変わらず、あいつは人を救うことに真剣で王宮を飲み込む怪物と化したサイラスに身じろぎもせず果敢に立ち向かい、処断する姿はまるで英雄だった。
実際、『アガルタ解放戦線』以降『白星の英雄』として民から祭り上げられていたと後に風の噂で聞いた。
久々に見た新はラビリンスでの人間関係がよかったのか、少しばかり歩夢ちゃんが死ぬ前の快活さを取り戻しているようにも見えた。
…もう俺は隣には入れないけど
そう、俺はヤマト機関に属している間は『安藤業平』として表舞台に現れる事はない。それは家族や友人を危険にする可能性を孕むからだ。あちらの世界においてもロサイズムの勢力は存在する。新と面と向かって会えないことを残念に思いながらも、俺はアガルタの戦いが終わり、仲間に揉みくちゃにされる新を遠くから見つめていた。
…でも、陰から支えることはできる。もう何もできない僕じゃない
俺は意志を強く固めると任務へと戻り、シェリーエバンスを暗殺。その足でアガルタを後にすると暗闇へと身を翻した。
それがいつか友人の助けになると信じて。
ども久方です、Keiです。
なんとか三巻『シャーロックインシデント』完結しました‼︎
長かった…、長かったよ…。
本当は去年の十二月の頭で終わらせる予定だったんですけどね。大遅刻です。
まあ、社会人は拘束時間が多いこと。学生の時みたくドタバタしたら、『生活時間全ブッパ』みたいな事できないですからね。あと、急に仕事増えるし。急に仕事増えるし。
『スケジュールをかなり余裕もって立てる事』と『きっちり書き切ってから投稿を開始する事』。この二つがマジで大事って痛感しました。(社会人一年目の独り言)
終わってない状態で連載始めて…ストックがゴリゴリ減るのにストック自体は増えない。この状況になるとかなり精神にクるものがあるんですよね。
やっぱり、継続的に同じペースで投稿する方が見ていただけますから。
PVが伸びてたりすると余計に『投稿できれば、もっと見てもらえるんじゃないか』とか考えちゃうんですよね。せっかく作ったんだから、より多くの人に見てほしいですし。(圧倒的承認欲求)
閑話休題。
さてさて、『シャーロックインシデント』は如何だったでしょうか。一巻の冒頭、そして二巻の末尾に出てきた新の親友とも言うべき存在『安藤業平』くんを掘り下げてみました。
僕がこの作品の独自的な世界観として考えているのが『現実世界』と『異世界』が政治や組織、文化の単位で結びついている事。一部分ではなく、大部分を付合させているところです。
なので、今回はその設定を存分に活かしてみました。あくまで主は現実の組織に置きつつもそこに『ラビリンス』の要素を混ぜる。読者さんに新しい体験を提供できていたら嬉しく思います。
…えーっと、後は今後の予定(仮)でも話しますか。
次巻の表題は決まっております。
『混成亞人連合国:尾張』
『尾張』の字面からコンセプトはお察しの通りです。安土桃山のアレです。
話は新たちの旅に戻ります。まだ細かいことは何も決めていないので野暮な事は言わずに。
更新時期は…そうですね、ざっくり『年内』とさせてください。電撃小説大賞に新作を持ってく予定なので、更新は早くても夏以降になると思います。
頻度は毎日→週二に変更する予定です。連載している間に次々巻の構想→執筆を行い年間を通して連載できる体制を目指します。…やっぱり休眠期間あると目に触れづらいところもあると思いますので。作戦変更です。短期決戦から長期運用。やり方変えると何か変わることもあるかもしれませんので。
そんな感じですかね…。また何かあったら(追記:)って形で加筆すると思います。最後に常に作品を支え続けてくれる相方、そしてここまでお読みくださった読者様に感謝を。
それではまた次巻のあとがきで会いましょう!…年内には再会したい(切望)
二〇二五年 二月 某日 Kei(創作)