百八十九記_ヤマト機関①
「これから行うプレゼンテーションは我々が属する『ヤマト機関』についてです。所属は自衛隊となります。この組織を語る事、即ち成り立ちを知ること。という事で成立までの概略をお話しします」
瞬間、モニターが切り替わり、モノクロの写真がいくつか浮かび上がる。背の高い制服の男たちが子供に何やら配っている様子や大小のバラックが賑わいを見せる様子…それは敗戦直後に取られたものであろう事は想像に容易い。
「事の始まりは戦後直後に遡ります。大日本帝国敗戦後、我が国は『日本』となり植民地化は免れたものの米国の従属国家という位置付けになりました。そして朝鮮戦争の影響を受け、我ら自衛隊の前身である『警察予備隊』が発足。図らずも自治権が返ってきた形です。しかし、かの国はそこまで信用してはいなかった」
再びモニターが切り替わるとそこにはデカデカと文字が刻まれた石碑が映る。
「間接的に日本の動向を監視すべくごく秘密裏にこの予備隊の中に『ムサシ機関』という非公然組織を作りました。この組織は現在も自衛隊内で形を変えて存在します。…最も現在は監視の他、SEALsのような運用も為されているようですが」
「まあそれはいいでしょう」と黒瀬さんは視線を横に流しながら、何やら思案するように呟くとさらに言葉を連ねた。
「我が国の上層部はかの国に監視されていることに気づきながら、それをある地点まで黙認していました。それはある種の絶対視をしていたからです。米国は強く正しく、正しく支配者である、と。ただこの信用を揺るがす出来事が起こりました」
そこでまたモニターが変容する。流れるのは戦闘機の発進やミサイルの投下、大地の炎上。さらには銃撃戦。即ち戦時中に撮られた映像だった。
するとそれを見た三宅さんが驚いた表情をすると共に曇らせる。
…あの噂は本当だったのか
言ノ葉が零れ、面持ちが険しくなる。その様子に気づいた黒瀬さんが彼に話を振った。
「…?おや、何か気づきましたか。そういえばあなたは公安出身でしたね。でしたら、実しやかな噂の一つも知っていますか」
三宅さんは黒瀬さんの問いを瞳で受けると逸らすことなく口を開いた。
「今映されているのはイラク戦争。この戦争は『大義なき戦争』とも呼ばれる。『大量破壊兵器をイラクが保有している』当時の大統領が吹いた根拠なき主張が制圧戦を引き起こし、結果多くの戦死者を出した。——そして大義は崩れ去り、彼の国にわが国が抱いていた絶対的な信頼は失墜した」
突如として、ある戦争の概要を話し出す三宅さん。黒瀬さんはそれを黙って聞いている。俺としては話の方向性を掴みかねていた。いよいよついていけないと補足を求めようとした時、その場でそわそわする俺の肩に三宅さんが手を添える。
「もう少し」。目配せでそう伝えられた俺は身を退いた。
「この話には続きがある。当時の我が国の首相は『イラク戦争』を受けて、特別部隊の組織を防衛大臣に命じたという話だ。『これまで渡される情報を盲目的に利用し、また支持してきたが、我々も彼の国を疑わなければいけない。彼の国に知られずしてなるべく希釈されていない情報を手にいれ、是非を判断する必要がある』と。そうして陸自内に秘密裏に部隊が新設された、と。それがこの『ヤマト機関』という訳か」
三宅さんが滔々と語ると辺りはシンと静まり返る。やがて滞った空間を乾いた拍手が割り裂いた。黒瀬さんは勿体ぶった拍手を止めるとメガネのブリッジをクイと上げて声色に関心を含ませる。
「お見事です、三宅さん。公安内部でもここまで知っているのはそう居ないのではないですか?」
「…マル自時代に少しな。気になった資料を漁っていたら、当時の参事官に捜査権を剥奪され、別部署に送られた。当時はえらく反発したものだが、まさか吾を咎人にしないためだったとはな。…セキさんもよくやる」
彼がポツリと呟くとその言葉に黒瀬さんが反応を見せる。それから含み笑いをすると僅かに頬を綻ばせたように見えた。
「ああ、彼ですか。引き際が上手な方です。一度、対外任務でご一緒しましたが警官の中で唯一我々の動きの機微に敏感に反応し、作戦遂行為された方です。権威にも囚われず、余計な詮索もしないため以降友好的に接して頂いています」
…なるほど
思わぬところで例の警官だけがここを案内できた理由が判明した。俺は元参事官という肩書きが伴ってのことと考えていたが、どうやらそうではないらしい。彼だからここを案内できるのだ。
話題の一段落を見てとると黒瀬さんは会話の主導権を自身へと引き戻した。
「ではこの先は私から。以上の経緯で『ヤマト機関』は対外諜報機関として創設されました。電磁解析、公開情報捜査、人的接触による獲得工作それらを兼ね備えた『超越諜報活動』。それを対外的に行い国家の利益へ寄与すること。それが『ヤマト機関』。親米の『ムサシ機関』と相反する我々にございます」
黒瀬さんが俺と三宅さんに向かって仰々しい西洋貴族風のお辞儀をすると、特大のモニターにはグリッドの地球儀を覆うように両手が据えられた隊章が浮かび上がる。瞬間、会議室の重々しさが増したような感覚に陥る。
「ま、ここはその中のロサイズム専門部隊『花葬』ってとこなんだけどな」
ある種のオーラに俺が気圧されていると剽軽な声が割って入った。声の主は川端さん。俺と最も歳が近そうな彼だった。
「祐人、話はまだ続いています。余計な口出しは——」
会議特有の厳かで形式的な雰囲気を壊されたのが気に食わないのか、黒瀬さんは冷徹な視線を彼に向ける。しかし、川端さんとしてはどこ吹く風。まるで動じる事なく切り返してみせる。
「あんなー、黒瀬。お前の話たりぃんだよ。何も一から十まで言う必要もねぇだろ?もっとシュッとな。『ここは自衛隊内の秘密組織ヤマト機関のロサイズム強襲部隊です。ラビリンス
での戦闘実績を鑑みて死刑執行の代わりにここで働いてもらいます』ってな。…いや、これでもちと長えか」
フランクな口調で新事実が紡がれる。だが、その訳は納得のいくものだった。あちらの人々と対L班の小笠原さんの反応。それらを見てとると俺たちは戦力として逸した能力を持っていることが分かる。徐に三宅さんに視線を送ると頷きが返ってくる。彼もようやく連れてこられた意味を把握したという事だろう。
「物事には形式というものが…」
「あーもこーもねぇよ。大体テメェは…」
視点を会議に戻すと川端さんの割り込みを発端に二人は言い争いを始めていた。これでは伝達どころではない。
「ごめんねー。二人犬猿なの。川端くんは感情論。反面、黒瀬くんは論理的で隙がない感じだから、終始一貫してないと気に食わないみたいで。何でかここの班員は凸凹したのが集まるのよね、私も含めて…」
その声に振り向くと、いつの間にか席の反対にいたはずの片峰さんがいた。