百八十七記_ヤマト機関
「着いたぞ」
地下駐車場から二時間ほど移動し、セキさんはとある雑居ビルの駐車場に車を停めた。そのビルは周囲の建物に隠されるように立ち、日照条件としては最悪のように思える。
…いや、何か隠し事があるならこういう所のほうがいいのか
「業平くん」
前の方から三宅さんの声がした。それに反応するとセキさんがビルに入っていくのが見え、俺は後を追った。
ビルは五階建て。セキさんは突き当たりのエレベーターに乗ると四階を選択。エレベーター上部の案内には『片峰探偵事務所』との記載があった。少々立て付けの悪そうな音を出しながら、ゆっくりと上階へと上がっていく。どうやらかなり年季が入っている建物らしい。
該当階で降りるとすぐに探偵事務所の表札と扉が見えた。セキさんがインターフォンを鳴らすと扉が開かれる。
「どーもー」
中から現れたのは凛々しい顔立ちにクリッとした目が特徴的な女性だった。事務職の人だろうか。探偵と言われば頭に浮かぶのは何処か陰湿な雰囲気を漂わせた人々だ。出迎えてくれた人とは正反対の印象である。
その人はセキさんと幾らかやり取りをすると後ろの俺たちに視線を移した。
「あ、貴方達ね…」
彼女は意味ありげにそう呟いた後「入って」と俺たち三人を中へと通した。
事務所の中は雑然としている。段ボールが各所に積み上げられており、十数席あると思われるデスクはある人の机は整頓されており、またある人の机は書類や道具が散乱。その中間くらいの散らかり具合の人もいる、というまさに三者三様という有様だった。
しかし、不思議なことに席には誰一人いない。
「こっち、こっち!」
辺りを見回していると、奥の方で大きく手を振るお姉さんの姿が見えた。その後ろにはまた別の扉が鎮座している。
「それじゃあ、私はここまでだ。頼まれたのは送るのだけだからな」
促されるまま進もうとすると後ろからセキさんの声がした。
「…?」
どうしたのかと疑問符を浮かべていると彼は間もなく身を翻す。
「…知らぬ存ぜぬでいた方が上手く世の中渡れることもあるんでな」
去り際にそう言うと彼は入り口から出て行った。
その意味深さに俺の中にも疑念が生まれたが、ここで不審な行動を取って拘置所に入れられるのも勘弁だった。今の俺に選択の余地はない。
ある種の覚悟を決め部屋に入った瞬間、俺は眼前の光景に驚愕した。
おそらく事務所の人である彼らの先、部屋の最奥に機械群が佇んでいた。モニターが複数備えてあることからしてパソコンであることは間違いない。だが、規模は甚大だ。その大きさは製造初期の電気機械式計算機を思わせる。果たして現代においてここまでの物が必要だろうか。
頭を捻っていると早々に答えを得た。
「…なぜ、高が一探偵事務所にこんな大規模なスパコンが」
三宅さんが訝しむような視線を先程のお姉さんに向ける。スパコン。『スーパーコンピュータ』。並外れた演算能力を持つコンピュータの総称だ。あの『富岳』や『京』までの性能はなくとも現代規格でこれほどの規模となるとかなりの演算処理が可能となる。日本の探偵の調査は個人間の案件が大半と聞く。どう考えてもオーバースペックだ。
…それとも別の何かがあるのか
するとあのお姉さんがその言葉を待ってましたとばかりに部屋の中をずんずん進み、例の機械群の前で両手を目一杯広げながら振り返る。。
「ようこそ、『ヤマト機関』へ。歓迎するわ」
刹那、彼女はキメ顔でそう言った。