百八十四記_塀の中
『世界の秘密を知った気分はどうだ?』
その言葉は頭の中で反響し、俺の意識を微睡から引き摺り出していく。徐に動こうとすると座っている椅子がガタリと揺れた。思いもよらぬ衝撃で頭は明瞭になり、同時に自分の腕が椅子の背を跨ぎ、後ろで縛られていることに気づく。
「…ここは?」
どうにか倒れないようにバランスを取ると、俺は目の前の人物に視線を向けた。
ガタイのいい体に黒髪の短髪。何処か気だるさを纏った目元。およそナマケモノを思わせる彼と視線を交わす。
「……。…まぁ、いいか。どうせこいつはここで終わりだ」
しばしの沈黙の後、眼前の人物は一息つくとそう零した。
「…ここで終わり?」
俺はそのボヤきに反射的に反応する。『終わり』とはどういうことだろうか?
「ああ、そうだ。お前たち…安藤業平と三宅宏昌には『外患誘致罪』の適用が決まった」
「…?」
『ガイカン誘致罪』。俺はその言葉を咀嚼しながら考える。『罪』と冠することから、何らかの罪状であることは想像に難くない。ただそれがどのような罪なのか検討がつかなかった。
「その様子だと、ピンと来てねえみたいだな。要するに『死刑』だよ、『死刑』。文字通りここで終わりなんだよ。お前たちは」
数瞬の後、全身に怖気が走った。一面コンクリの床から冷ややかさが立ち込め、足元から駆け上がる。それはやがて天辺へと達し、俺はようやく片言隻語を理解した。
…死ぬ、俺が。
「…どうして」
鈍器で頭をか殴られたような衝撃に見舞われ、揺らめきを覚える。
「どうしても何も『許可を得てない奴が意図的にラビリンスに入った』。向こうの事をまるで知らない奴がこっちから開けばどこに繋がるか分かったもんじゃない。深いところに繋がって大魔獣でも入ってきて見ろ。下手したら、国自体がおじゃん、だ」
目の前の男は混乱する俺を他所に仕草を交えて軽快に話し出す。元々、口数が多い人なのだろう。喋り始めたら一言も二言も変わらないというように饒舌になり、彼は俺が今置かれている状況を事細かに説明してくれた。
まず、俺には三つの罪が適応されていること。
『住居侵入等罪』、『秘密保護法違反』。——そして『外患誘致罪』。事実上の『死刑』である。
——外国と通謀して日本国に対し、武力を行使させたものは死刑に処す。
これが『外患誘致罪』の概要らしい。『外国』の部分を『ラビリンス』。『武力を行使させたもの』を『複数回に渡る門の開閉により大魔獣を招く恐れがあった』、と読み解くとこの罪の適用は十二分に妥当らしい。
…確かに
突然の事に碌に反応出来なかったが、そこまで言われて仕舞えば是非もなかった。『アトラス』によるラビリンスの転移は毎度、ランダムだった。それに俺自身も最初に門を開いた時に小型魔獣に襲われている。小型だったから、対処は出来たがあれが湖の龍『リンドヴルム』だったら…その先は考えたくもない。
…俺はただ友達を一目見たかっただけのはずなのに、な
乾いた嘲りが口をつく。旅の行き着く果てとしては最悪だった。
ただその事よりも不気味だったのは『死刑』という事実を俺自身が飲み込んでしまっている事だった。伝えられた時には勿論、恐怖を感じた。しかし、数刻経った今となっては何処か仕方のないものと何処か割り切っている自分がいる。
現実感がないからだろうか。それとも罪を認識してしまったからだろうか。もしくは、新を追うことは則ち、国家を相手取る事と同義であることを覚悟していたからだろうか。
どれもが理由であって、そうでないような気がする。判然としないそれは蟠りとなって、俺の胸の内に瞬く間に巣食った。
「これからしばらくお前は取り調べを受ける事になる。とはいっても名ばかりの調書作成だ。罪状は半ば確定したも同然だからな」
それだけ言うと男は一区切りとでも言うように姿勢を崩し、再び口を開いた。ここが留置場と呼ばれる場所であること。そして、俺がこれからどんな生活を送るようになるのか。そういった事を羅列する。やがて交代役が現れると俺は縄を解かれ、個室に案内された。
「今日はもう消灯…。取り調べは明日からだ」
鉄の扉が閉じられる刹那、俺を収監した融通の効かなそうな男は何やらぼやいた後、そう告げた。程なくして運ばれてきた夕食は冷たく味気のなく感じられた。