百八十一記_また今度
しばらくして落ち着いた俺は再び受付に向かい、新のことで受付嬢と話し始めていた。
…新が冒険者?
気が鎮まり、冷静になって浮かんだのは疑問符だった。
ただ他人の空似であるはずもない。写真からは判然としないが、向こうにいた時より気概に満ちているようにも思える。冒険者稼業をする歴とした理由があるのかもしれない。
「…この横の人は」
俺は写真に映る女性を指差す。よくよく見るその容姿はどことなく歩夢ちゃんに似ているが纏っている雰囲気が違う。彼女とは違って、凛々しい印象を受ける。
「その方はシャーロット・ローレンス。山神さんのパーティーメンバーです」
…いやそれは
俺は即座に浮かんだ思考を棄却する。この世界を自分の、あっちの物差しで測ってはいけない。シャーロット・ローレンス。その名前はよく知っていた。歩夢ちゃんの親代わりをしていたその人だ。ただ容姿は色素の薄い金髪に、蒼眼と絵に描いたような西洋美人だったと記憶している。何か事情があって、見た目を変えているのだろうか。
…それよりも
状況的にラビリンス行きを示唆したのも彼女だろう。歩夢ちゃんとシャーロットさんは元はラビリンス人。そして、今の新が躍起になるのは、歩夢ちゃんに纏わることだけだ。
…なんか関係はありそうだけど
だが、そこで頭打ちだった。情報が足りない。
真顔で俺と受付嬢のやり取りを聞き続ける三宅さんにアイコンタクトを取ると、頷きが返ってくる。『これ以上の収穫は見込めない』。双方の意見は一致していた。
「事細かに対応してもらい、ありがとうございました」
「いえいえ、それが仕事ですので。ご友人が見つかったようで何よりです」
礼を言うと微笑が返ってくる。そのまま俺たちはカウンターを後にした。
「俺たちはこのまま解体屋行くけど、お前らも来るだろ?」
「とりあえず。それで解体屋って?」
ラビリンスの街など右も左も分からない。ひとまず、ついていくことにする。
「あの龍をバラしてもらうんだよ。そんで売っぱらう」
「からの〜ご・う・ゆ・う・よ☆」
「何処の酒場で飲み食いじゃの」
…なるほど
龍を討伐した後、死体にカードを翳して丸ごと吸い込ませていた。確か『回収の紋章』とか言ってたっけか。
「『解体屋』…。吾にも用事がある。いや、出来たというべきか」
三宅さんはそういうとグレイに声をかけた。そして、自分のリュックの中からアレやこれやと取り出す。それは俺たちがこの数週間、森で狩り続けた異形たちの一部だった。
「三宅さん、それって分析に出すものじゃ…」
確か科捜研と言ったか。そこは三宅さんが懇意にしている科学者がいるらしく、今回の探索が終わったら、異形たちを解析してもらおうと考えていたのだ。故に魔物の部位の比較的持ち歩きやすい部分を定期的に採取していた。
ちなみに俺のリュックにも入っていたが、龍に踏まれたせいで跡形もない。
「業平くん、それは心配しなくても大丈夫だ。少しあれば分析には事足りる」
三宅さんは俺に一言そういうと、辺りの宿の相場や『アトラス』修理のためのおおよその費用。そして、今持ってる魔獣の素材がその額に達するかどうかなど必要事項をグレイたちに確認していく。
「ったく、憎たらしいくらい綺麗に持ってやがんな。なぁ、ルー爺。この感じだとバッグの中身の半分も捌けば、金には困らねえよな」
突然、名前を呼ばれたルークは目をパチクリさせる。
「ルー爺、ダメだよ寝ちゃ。こないだもそれで財布スられたじゃん」
「そうじゃの。すまんのう。それで、何じゃ?グレイ」
リヴィアの言葉に半分、寝ぼけた状態の彼が返事をする。
「いや、だからよ。この素材の感じだと半分売れば、費用としては十分だよな」
「…ふむ」
ルークは杖をリヴィアに預け、左手で顎髭を触りながら、右手で素材を吟味し始める。目深に被った三角帽子を額まで上げると片目を瞑り、一つ一つを具に見ていき、それを一通り終えると再び口を開いた。
「交渉次第では少し高値で売れるかもしれないのう。その辺りは儂が計らおう」
曰く、この世界の冒険者は戦闘時、『身体強化』や俗にいう『魔法(紋章術)』を使う関係上、素材そのものに傷がついてしまうことが多いらしい。一方で俺たちの素材は自力のみで倒しているために損傷が極めて少ない。宝飾品やインテリアを扱う業界で重宝されるという。
案内されるまま、冒険者組合の裏手に当たる『解体屋』に足を運んだ俺たちは用事を済ませると外に出る。
「そんじゃあ、なんだ…その、元気でな」
グレイがこちらを振り返る。それから言葉が続かないのか、所在なさげに頭を掻いている。こういう湿っぽい雰囲気は得意じゃないのかもしれない。
「グレイもな。リヴィアもルークもありがとう。…お陰で友達を見つけられた」
「吾からも重ねて礼をする。ありがとう。まだしばらくはこの世界と彼方を出入りするつもりだ。縁があったら、その時はまたよろしく頼む」
三宅さんが差し出した手をルークが握り返す。
「そうじゃな。二人とも才覚は抜群じゃからの〜。冒険者としての先を見てみたいわい」
相変わらずの温厚な声音を響かせながら、彼は名残惜しそうにする。
「それは少し難しい相談だな、ルーク。俺はあっちに守られねばならないものがある」
「そうか、其方の生じゃからの。無理強いはせんわい。…ほれ、リヴィアも」
腕組みをして一点を見つめていたリヴィアがこちらに視線を向ける。
「元気でね。あと、無茶は程々に。拾った命大事にしなさいよ。それと…」
リヴィアは言葉を途中で止めると腰元のカードホルダーに手をやり、一枚のカードを引き抜く。それから、何やら具現化させるとこちらに突き出してきた。
「これ、あげるわ。この世界の事、調べに来たんでしょ。きっと役に立つから」
見た目は大きめの虫眼鏡。よく見るとレンズの部分に薄く紋章が彫られている。
「これは…」
「使ってみれば分かるわ」
リヴィアはぶっきらぼうに言い放つ。するとグレイがニヤニヤとしながら、彼女の顔を覗いていた。その顔には関心の色が現れている。
「案外、お前さんは気が回る所あるよな。…お転婆娘の癖して」
「っさい!その顔やめなさいよ。後、お転婆娘は余計よ。殴るわよ‼︎」
リヴィアはそう言った矢先、グレイの顎にアッパーを見舞っていた。刹那、彼の体は宙を舞い、地に伏す。
…リヴィア。君、多分魔法使いよりもっと向いてるものあるよ
別れ際、そんなことを思った俺なのだった。