表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第二幕_地続世界『ラビリンス』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/191

十八記_揺蕩

——???

 不意に柔らかく、チクチクとした感触が頬を差した。それを起点に意識が微睡を越えて覚醒していく。異変にはすぐに気づいた。背中で感じた違和感から手で地をまさぐる。

 ——ベッドじゃない

 あろうことか手を伝ってきたのは芝草の感触だった。すぐさま上体を起こし、思考を急加速。何度か瞬きをして視野を確保する。しかし、辺りの状況は掴めなかった。

 周囲が濃い霧に覆われていたのだ。

 不可解な現状に心拍が上がり、頬を冷や汗が伝う。どっ、どっと大きくなるそれを耳の奥で感じながら、周囲を探り続ける。

 …ここはどこだ

 目を凝らして周囲を具に観察する。するとうっすら木々が見え、上方が暗くなっているのが分かった。ここ二週間はほぼそこに居たから分かる。俺は今、間違いなく森にいる。

 その時、不意に寒さを感じた。原因はすぐに分かった。俺は鎧着用時のインナー姿だった。

 …森でインナーだけ。それにカードホルダーもない

 まずい。それは余りにも不味かった。いくら一層の森だからと言っても人を襲う化け物は存在する。その考えに至って初めて気づく。

 …本当に一層の森か

 シャーロットさんの言葉が脳内で反芻される。

 『上層、中層、下層はそれぞれ十三階層あり、それより下の層は深さ、規模共に未知です。層はモンスターの生態系や環境の変化によって分けられています』

 それはいつぞや教えてもらったラビリンスの構造だった。これから考えるに、十三層内で大きな環境、生態系の変化が起こらない可能性が高い。そうするとここが一層ではないとしても変ではない。それに俺はここまで来た記憶がない。

夢遊病のように無意識で来たのか、何者かによって攫われたのか。それとも操られたのか。

『紋章』と呼ばれる魔術のようなものが機能する世界だ。何があったとしても不思議ではない。

 …俺はここで動くべきなのか。それとも助けを待つべきなのか

 それすらも分からない。判断できるだけの知識と経験がない。万事休す、その言葉が脳裏を掠めたとき、背後からガサリと音がした。

 背筋に悪寒が走る。刹那、体がそれに対しての防衛体制をとった。両足のスタンスを広く持ち、低く保った体勢でその音源を見つめる。

 『予測不能の敵と相対したときはまずは臨戦体勢を』

 獣の特性上、逃げるものは追跡するというものがある。ここ二週間の鍛錬で一番初めに叩き込まれたものだ。余りにも厳しかったせいか既に感覚下まで動きが浸透していたようだ。

 緊張からか額から汗が滲み出る。それが頬を伝い、雫となって滴る。霧の立ち込める静かな空間で呼吸音だけが木霊する。すると霧の一部が陰った。

 …来る…!

 しかし、その心構えは徒労のように思えた。

 「ミャー」

極限の状態の中、濃霧から現れたのは一匹の可愛らしい白猫だった。


*  *  *


 …新さま、一体どこに

 私は夜もすっかり更けた『大和』の街中を走り回っていた。

ことは少し前に遡る。


 「今日もきたよ〜。シャーロットちゃん」

 「あっ!いらっしゃいませ、岩谷さん!いつもありがとうございます」

 入り口付近で声をかけられた私は、いつもより口調に抑揚をつけて陽気な雰囲気を醸し出す。

 「じゃあ、とりあえずエールを人数分」

 「三名さま…三杯ですね!承りました!」

 「てーいんさん、こっちも注文いいかなー」

 岩谷さんらの注文をとったところで後ろから声がかかった。

 「はーい。今行きまーす」

 いつものように接客に向かう時に、今の設定を反芻する。

 …年齢は十六歳。口調は砕けていて、人懐こい元気一杯の少女。人間関係が拗れないように取り計らうことができ、冗談めいた言動も難なく受け流すコミュニケーション能力を持つ。世渡り上手、要領がいい。

 居酒屋の看板娘その王道と言っても差し支えのないものだ。実際、店主や客にも好まれているようである。私は『シャーロット・ローレンス』として何百年とそれは色々な『理想の人』になってきた。だから、これくらいは造作もない。

 …一つ前のシャーロットが容姿、性格的にも一番性に合っていたかもしれない

 走らず、けれどできる限り迅速にお客様の所へと向かう際、刹那的な思いが湧いた。


 「お疲れ様でした!」

 「今日もありがとね。シャーロットちゃん」

 店主の真由美さんと言葉を交わす。中年の恰幅の良い女性で、元上級冒険者という経歴を持ち腕っぷしが強いと聞いている。実際、他の店よりは店内トラブルが少ないらしい。

 「最近、大丈夫かい?」

 「どうしたんですか。藪から棒に」

 店の裏口のドアに鍵を掛けた真由美さんの言葉に応答する。

 「ほら、シャーロットちゃん。冒険者と兼業でこの店でバイトしてるじゃないか」

 「はい」

 「冒険者仲間の噂じゃかなりの数の依頼を毎日こなしてるって聞くよ。それにこの店もラストまでだ」

 「少し今はお金が入り用で…」

 どうやら心配されているらしい。私の本質は『紋章』だ。人のそれより体はだいぶ丈夫に作られている。これまでにも今のように親切な人に気に掛けられることはあった。

こういう時は…

 「大丈夫です。何かあったら、真由美さんに相談しますから」

 すると怪訝な顔を浮かべていた彼女の口角がわずかに上がった。

 「そうかい。しゃんと私にいうんだよ」

 私の肩に大きな手を置くと真由美さんはそういった。手にこもる熱からは頼りになる人特有の力強さを感じた。

 「それでは。また明日来ます」


 …あれ、新さまがいない

 その日は、宿に帰っても珍しく彼はいなかった。いつもなら朝の鍛錬から組合の依頼でくたびれて、客室のベッドですうすうと寝息を立てているはずだ。宿の近くにいれば、契約のパスを通じて気配の一つも感じることが出来るが、目を閉じて意識を集中させても反応はない。

 嫌な予感がした。

 …人攫い。まさか『黒薔薇の隷属者』…⁉︎

 その考えが脳裏を過ぎった瞬間、私はいても立ってもいられなくなった。私服からラフで動きやすい冒険者の装いへと着替え、戸棚にしまっていたカードホルダーを取り出し、腰に装着。

その時、新さまのそれも拝借すると私は客室を開け放ち、彼の捜索へと乗り出した。


 捜索は難航した。私はまず、『武器屋』に向かった。新さまのこの世界の交友関係を考えるとあの姉弟していのことがまず浮かんだからだ。新さまはいなかったが事態を知ると深夜に尋ねるという無礼を働いたのにも関わらず、捜索に手を貸してくれることになった。

その後冒険者組合、またその正門に面するメインストリートを基点に聞き込みを敢行かんこうしたが、全て空振り。なんの情報も得られなかった。それも考えてみれば当然だった。彼が消えたのは私の仕事中…一日の仕事を終えた冒険者が街を練り歩く時間帯だ。多少おかしなことがあっても人混みにかき消されてしまう。

 …シット

 胸中で自身の不甲斐なさを嘆く。歩夢さまの最後の願い。それすらも守ってあげられない。万が一の事態も想定して『しるべの紋章』(位置を特定する紋章)を持たせておくべきだった。どうしようもない後悔が頭を苛む。

 「お〜い、シャーロットちゃ〜ん」

 閑散とした街の中で大きな声が響いた。その方を振り向くと、声の主の容貌が目に入った。小さいが頑強な巨体に、一対の立派な角が飾られた兜…常連の岩谷さんだった。どうやらかなり酔っているようで顔が昂揚こうようし、足元が危うい。

 手当たり次第に行動していた私はその人に話しかける。

 「すいません、岩谷さん。唐突ですが、新さま——山神新という冒険者をこの辺りで見ませんでしたか」

 「う〜ん。誰それ」

 鈍い口調と陽気な声。かなり酒気を帯びているようだが、応対はできそうだ。

 「えっと、私とコンビを組んでいる冒険者で身長は百七十五くらいでちょっと目つきが悪くて…」

 その時、大きな声が耳を突いた。

 「あ、あ〜あぁ!知ってる知ってる。見たみた。確か、『三毛猫』出た時くらいだったかなぁ〜。蒼のインナー一枚でふらふら歩いてた」

 「彼の周りに人の気配は…」

 「ない、ない。確か、門の方に行ったんだっけか」

 「他に何か…」

 「わがんねぇ。…まさか人攫いか」

 刹那、岩谷さんの愉快な顔から瞬時に酒が抜け、何かを訝しむようなそれへと変貌する。夜の街で人攫いは珍しくない。監視の行き届いた現代社会と違って、ラビリンスは街中さえ抜けて仕舞えば、無法地帯。何処かへ連れ去られればそれまでだ。

 「まだなんとも言えないんですけど、忽然と消えたのは確かです」

 「お〜ん、なるほど…」

それを聞いた彼は地を見つめて考え込むような表情を作った後、突然何か得心のいったような声を発した。

 「あい、わかった!」

 「…はい?」

 「俺の仲間に声かけてそいつを今から探す。シャーロットちゃんも急ぎな」

 すると岩谷さんこちらに背を向けて歩き出した。先ほどとは打って変わってしっかりとした足取りで何処かへと向かって行く。

 「えっ、あの。私何も…」

 口から漏れ出た歯切れのない言葉。それに彼はこういった。

 「今の『三毛猫』は最高だ。その最高の店の看板娘が顔曇らせてたんじゃ、酒も気持ちよく飲めねぇよ」

 「あ、ありがとうございます」

 私はその背に向けて深く頭を下げた。目端に彼が半身になって手を振る姿が映った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ