百七十九記_道すがらの歓談
「はぁ⁉︎『ロサイズム』と消えた友を追ってラビリンスに来ただと!」
「ああ、大変だったよ。手がかりは無いわ、国に追われる立場になるわ…で。でもグレイ達に会えてよかった。『現地民と接触してラビリンスを知る』…目標の一つが達成できた」
俺の横を歩く槍兵こと、グレイは表情をコロコロ変えながら、話を聞いている。
グレイを始めとするリヴィア、ルークのパーティはあの龍を討伐する依頼を受け、湖の集落『テルクシエペア』に向かっていたらしい。
集落を取り囲む森に入ると聞こえてきたのは龍の咆哮。湖まで急ぐと、俺たちが襲われており、すかさず助太刀に入ったとのことだった。
今は彼らと共にあの湖の街を後にし、俺たちはとある洞窟地帯の中を歩いている。
どうやら、この世界における都市は洞窟の中に作られることが多いらしく、グレイ達の持つ『転移紋章』で近くまで移動したのだ。
乗り掛かった船とのことで街まで案内してくれるという。
ふと俺は右手を負傷した三宅さんのことが気になり、視線を向けると彼はルークと親しげにしていた。
「…まさか、洞窟の方に街があるとは…」
「ふぉっ、ふぉっ。意外ですかな、三宅殿」
彼が呟くとそれに老人が反応を示す。確かに俺たちの世界では平野や森林が開拓されて街になる傾向がある。それを考えるとラビリンスの構造は不自然だった。
「動物というものは環境に適応するじゃろ。明るく自然に満ちた場所なら、そこに適したように。暗く疎い場所なら、そのように。なら、暗い場所に明るい場所が突如として出来たら、どうなるじゃろうか」
「…生物は適応した場所に移動する。つまりは『異質さ』がキーワード」
「そういうことじゃ。返って、洞窟の方が安全なのじゃよ。こちらの世界には『紋章』がある。水から始まる諸問題は考慮せんでも良い」
一通りの解説が終わると、老人は口をゴニョゴニョと動かす。すると次の瞬間、手のひらの上に水の玉が作られていた。
『紋章詠唱』である。
俺たちがこれまで使ってきた『アトラス』と同じように読み上げると力を宿す『紋章』というものがこの世界には無数に存在する。
効果は身体能力の上昇、動体視力の強化、損傷の回復などの「自己強化系」から火や水、土などを即座に創る「生成系」など多岐に渡る。
この世界はこの『紋章』ありきで発展してきた。俺たちの世界には無いものだ。なら、常識が通じる道理もない。探索中にグレイ達と接触できた恩恵は多大なものだった。
ちなみに今の俺たちの会話を可能にしているのも『紋章』の力である。
『疎通の紋章』。
これが翻訳機のような役割と担い、俺たちの言語の壁を取っ払ってくれているのだ。
「ルー爺、なんか今日長くない?私早く街に行ってパーっと豪遊したいんだけどぉ。ドラゴン倒したんだよ。ドラゴン」
そうこうしているとリヴィアが不平を垂れる。どうやら、なかなか街につかないことに我慢ならないらしい。
「しょうがねぇだろ、リヴィア。今日はちと遠い場所に出ちまったんだ。…その二本の棒は何のために付いてんのかね?」
小馬鹿にしたように突っかかるグレイ。リヴィアも眉間にシワを寄せて、矛を向ける。
「あんたに聞いてないんですけど。ルー爺に聞いてるんですけどー」
あの様子だと、リヴィアはルークに構ってもらいたかったらしい。
ルークの印象は面倒見がよく、気の優しいお爺ちゃんそのもの。ほわほわとした雰囲気を常に纏っていておおらかな人である。
程なくして二人は言い合いを始めた。今日ですでに五回目。事あるごとに勃発し、特にルークも気の向くままにしていることから考えると日常茶飯事のようである。
ただこの二人、戦闘になると息がぴたりと合う。洞窟にも魔物は出る。ただ出るや否や彼らによって瞬殺されるのだ。俺と三宅さんの出る幕はなかった。
…そういえば
龍の強襲という出来事から幾許か立ち、余裕が出来てきたのかもしれない。俺は思いついたようにルークに問うた。
「知ってたらでいいんですけど、『山神新』って名前に聞き覚えありませんか」
すると三宅さんの耳がぴくりと動いた。ルークさんは唸るような表情をしながら、首を捻ってから口を開く。
「うーん、何処かで聞いたような気もするんじゃがの。すまんのう、思い出せんわい」
「いえいえ。俺もすいません。急に聞いちゃって…」
その言葉にルークは首を振る。
「その子は主が探しに来たという件の少年じゃろ。気になる気持ちも分かるわい。街に着いたら、ギルドのお姉ちゃんに聞いてみるといい。あの子らは耳が早いからのう」
ルークはコツコツと杖で岩を叩きながら、虚空を見る。
「ああ、そうじゃ。忘れとった。主が壊れたとかいう『アトラスの紋章』ちょいと見せてみい」
彼は思い出したように俺の方に振り向く。俺はポケットの中に入ったままのそれを取り出して渡す。
「やはりの。修復可能じゃ。これもギルドのお姉ちゃんに業者を斡旋してもらうといいのう」
「ありがとうございます」
俺は安堵と共に受け取る。図らずもこれで帰りは保証された。ただルーク曰く、この『アトラスの紋章』はかなり値が張るものらしく、街中で不用意に出さないよう釘を刺された。『斡旋してもらえ』というのもこの辺りの訳が絡んでくるのだろう。
「ルークさんは親切ですね。俺たち、この世界に疎いから騙そうと思えばいくらでも出来るのに」
俺は自重気味にそう言う。実際、なぜここまで世話を焼いてくれるのか謎だった。
「わしはもっとかっちょいいもの持ってるからのう」
彼はニヤリと笑うと懐を探り、一枚のカードを取り出す。それにはこれまで見た紋章のどれよりも複雑かつ精緻な紋章が刻まされていた。
「これが『アトラスの紋章』の上位版じゃ。若いころ苦労してゲット一品じゃあ」
ルークは頬を緩ませながら、俺にそれを突き出す。よほどの自慢のようでその後は自分の武勇伝を熱烈に語っていた。
そうして和気藹々《わきあいあい》とした会話と殺伐とした戦闘といくらか繰り返し、俺たちは街へと至った。