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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第三幕_到達と破断
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百七十七記_ついぞ至れぬ理想

 …うそ、だろ

 ゆっくりと上げられた足からは瓦礫がパラパラと落ち、その中心にはぺちゃんこになった俺のリュックがあった。

 俺はその光景に目を見開き、絶句する。ぎこちなく天を仰ぐと龍と視線が交錯した。

 ゆっくりと息を吐きながら、四つの目で俺を睥睨する。その顔は歪んだ笑みを浮かべ、まるでこちらを嘲笑っているようだった。

 龍は徐に長い首をしならせる。

 その動作には覚えがあった。

 …あの光線が来る

 だが、分かっていても体は動かない。何せ、すでに希望は潰えた。

 …いや、まだ

 ぼんやりとしてきた視界の中で思う。リュックが潰れてもカードの一枚なら、無事かもしれない、と。ただ心が限界だった。必死に掴もうとした希望を矢先で踏み躙られた絶望。

 それが体と地面とを縫い止める。ヤケクソになれるのも一度だけだ。

 動けば、何かが変わるかもしれない。しかし、そうするだけの気力を失っていた。

 龍の腹は周囲の空気を取り込んだからか、加速度的に大きくなり、凶暴な頭蓋からは青白い光が立ち込める。

 …流石に、か

 俺にしてはよくやったとそう思う。無知でただ弱音を吐くだけだった少年が、警察の隠蔽した事実に辿りつき、ましてや機密であろう異界『ラビリンス』に到達した。

 友達は見つけ出せなかったけれど、やれることはやったのだ。

 少なくともただ立ち尽くすだけで無力な少年からは脱却出来ただろう。

 『ごめんな』

 俺は心の中で泣き続ける自分に言う。

 『俺は新とか歩夢ちゃんみたいにかっこよくは慣れなかった』

 けど。

 『少しはマシな自分に慣れた気がするよ』

 龍は顎門に湛える光を目を瞑るほど眩いものへと変化させ、仰け反った体を鞭のようにして振りかざす。そして、高圧のブレスが放たれる——その間際。

 『アイギスの紋章よ、あらゆる災厄を打ち払う大神の加護を今、ここに顕現せん!』

 俺という存在を欠片も残さず、葬り去ろうとした光の束は中空で不可視の防壁によって遮られた。

 「何をしている!早く探せ‼︎」

 「…っ!はい!」

 雄々しく猛る声に朧げになっていた視界は色彩を取り戻し、俺は突き動かされるように立ち上がった。

 目の前にいたのは三宅さんだった。一枚の紙片が握られた手を突き出し、もう片方を添え、支えている。どうして紋章の力を使えているのか。そもそもなぜ詠唱ができたのか。状況が何一つ掴めない。だが、俺がすべきことだけは明らかだった。

 混乱し、動きをもたつかせながらも瓦礫に埋もれたリュックの元に辿り着き、手に取る。

 …っ、…っ

 踏み潰された時に壊れたのかカードの入っているサイドのチャックはびくともしない。俺は引きちぎるようにして開くとリュックを逆さにして中のものを地面に広げた。

 …『アトラス』は

 見つけたそれは折れ曲がっていた。俺は祈るように口上を述べる。

『アトラスの紋章よ、天と地を支えし巨人の力を持って他の世界へ続きし扉を開け』

 しかし、それは起動しなかった。代わりにカード全体からプラズマのようなものがジリジリと放出される。

 「アトラスの紋章よ、天と地を支えし巨人の力を持って他の世界へ続きし扉を開け…」

 ダメ元でもう一度詠唱するも結果は同じ。

 「業平くん、まだか!」

 「ダメです!カードが壊れてます」

 決死の声に俺は残酷な事実を突きつける。

 「…そうか。なら、業平くんだけでも逃げろ」

 三宅さんは背中で俺の言葉を受けると、しじまの後にそう言った。平然と。事実をただ事実(・・)として受け止め、眼前の怪物と相対する。

 「でも、そんな…」

 「でも、もそんな、もない!君は生きて使命を果たせ‼︎」

 朗らかな表情を覗かせる三宅さんの声は苦悶に満ちていた。それもそうだ。『魔法』を行使する右腕には数多の亀裂が走り、その端々から流血している。彼の足元には血溜まりができていた。

 「この世界には人がいる。それは間違いない。何とかして彼らとコンタクトを取れ。それが業平くん、君のゴールだ」

 刹那、不可視の防壁に罅が入った。そう分かったのは、僅かに光が漏れ出たからだ。間もなく、俺たちを守る『謎の盾』は崩壊する。

 『また何も出来なかった』

 力が足りなかった。能力がなかった。間が悪かった。

 自分一人なら、悲惨な結末でも納得できた。ただ他者を伴うことには我慢ならなかった。

 それはあの時と同じだ。歩夢ちゃんが死んだあの時と。何一つ変わっていない。

 何も知らされず、何もできず、ただ傍観していただけの自分。

 結局何も変われなかった。

 ただ今だけは。俺は奥歯を噛み締めるようにしてそれらを押し殺す。

 そして龍に背を向けた。

 …きっとこれが最善

 そう自分に言い聞かせる。二人でここにいてもジリ貧だ。なら、一人でも助かり、真実に至った方がいい。ただ理性とは裏腹に後ろ髪を引かれる思いが一歩また一歩とを進める度に俺を苛んだ。

 そんな時だった。一心不乱に駆け抜け、森に至ろうという刹那。何者かとすれ違ったような気がした。

 「…commenda(任せろ)

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