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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第三幕_到達と破断
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百七十二記_展望

 「悔いても過去が帰ってくるわけではない。なら、『魔が悪かった』と切り捨てて未来の話をしよう」

 彼は小岩に座り直すと、地面に紙を広げた。それらを一枚一枚回しながら、重ね合わせると一枚の地図が浮かび上がる。

 「業平くん、森を抜けた時に見た湖を覚えているか」

 問われて記憶の扉が開く。あの時にはすでに身体的な限界がきていたのか、記憶はおぼろげだ。だが、考えながらうなるとぼんやりと情景が浮かんだ。

 「…あったよう気が…。すみません、クラってきた前後は記憶が怪しいみたいで」

 「なら、前提として話を聞いてくれ。この草原の中央に大きな湖がある。中心部から離れると低木が目立ち始め、森に接する。丁度、四方が囲まれる形だ。俺たちの出てきた所のは方角的には東に当たる。ただ西側だけは例外で森の先が山岳地帯のようにも見えた。その先はどうなっているか不明だ。残念ながら、人里のようなものは発見できなかった」

 三宅さんはその辺の木の棒を拾うと丸や三角などの記号や図解で記した地図を指しながら、説明を始めた。そうして現在、判明していることを語り終えると枝を置いて、一息つく。

 俺はまじまじと手製の地図を見る。すると脳裏で朧気になっていた光景の解像度が上がっていくのが分かった。位置関係が分かったことで想起されたのだ。

 …ここが、ここで。あっちがこうで

 地図と景色を照らし合わせて咀嚼そしゃくし、地図と光景を一致させる。ようやく要領を得たところで三宅さんが再び口を開いた。

 「よし、それでだ。おれはひとまずこの湖に向かおうと思っている」

 …まあそうなるか

 俺は胸中でつぶやいた。森に関してはここ数週間、嫌というほど探った。囲まれていることを考えると大きく生態系が変わるという事もなさそうだ。そうすると西側の山岳地帯か、湖が次の目的地の槍玉に挙がるのは自然だ。

 「それなら、北の森を経由して湖。…でも、西側にすぐ行かないのは理由があるんですか」

 俺は経路を考えながら、疑問をていす。

 現在、俺たちに提示されている選択肢は三つだ。

 一つ、山岳地帯に行く

 一つ、湖に行く

 一つ、湖を経由して山岳地帯へ行く

 山岳地帯へ行くには南側から回。湖なら北側から攻め、草原の直線距離が最も短くなる地点から草原を横切る形になる。三つ目は言わずもがな、だ。

 一見、三つ目が一番探索が捗るように見えるが、報告通りなら『人里はない』。魔獣と戦っていた人との邂逅を探る手もあるが、彼らはいつどこに現れるのかが分からない。それを考えると森を越えて山岳地帯に行く方が有用に感じたのだ。

「業平くんが言いたいことにもおおよそ検討がつく。確かに『人里』はなかった。それに俺たちには全てを巡るほど悠長にしている時間もない。食料のことを考えてもあと一週間が活動限界だろう。だが、それでも吾はこの湖に行くことを推したい」

 三宅さんは語気を強くする。何か理由がありそうだ。

「その心は?」

 俺は含んだ言い方が気に掛かり、その先を促す。すると彼は質問を投げかけてきた。

 「…業平くん。シュメルの起源はどこだ」

 「イラクのティグリス・ユーフラテス川」

 「インダス文明は」

 「名前の通り、インダス川」

 「中国文明は」

 「長江、黄河流域。さっきから何です、三宅さん。四大文明だったら、次はエジプトの話でも?」

 急に始まった学校の授業のような問答に飽きて、これを制す。ただ同時に思う。キレ者の三宅さんが意味のない話をするのか、と。そして自分の回答を反芻する。

 …共通することは『川』

 文明の起源は川。広義に考えると水源だ。人類が食料の安定化と定住に至ったのは農作物が育つから。つまりは——。

 「人里と言えるほど大きなものはなくても定住している集団がいる可能性がある…?」

 懐疑的に述べた俺の言葉に三宅さんが頷きを返してくる。

 「そう言うことだ。吾としては立ち寄る価値は十二分だと思うが」

 「そう言うことなら、構いません。山岳に向かうにしても、湖に向かうにしても空振る可能性は残ります。だったら、推測が立つ方がいい」

 理由が判明し、俺は納得する。これまでと違って闇雲ではない分、気が楽だった。

 「なら、今日は少し多く寝ておこう。草原の突破はかなりの強行だ。念には念をというやつだ」

 おそらく俺の体調も考慮してのことだろう。いくらか気力が回復したとはいえ、万全ではない。寝て完全回復とまでは行かないだろうが、快調に向かうはずだ。

 「それにしてもダメですね、俺は」

 いつものように三宅さんに睡眠を促された俺は寝床を整えながら、呟いた。

 「何が、だ」

 「何がって。さっきのことですよ。水源と定住の関連性。学校でも習ったことなのにいざとなると出てこない。前にも言われてたんですよ、先生に。『持ってる情報でも精査すれば、推測の確度は上げられる』そんな感じのことを。俺もまだまだ頭の使い方が足りませんね」

 俺は自虐するように言葉を連ねる。同じことを二度、三度と失敗することに特に思うことはないが、瞬間的な落ち込みはある。

 「存外、一般人でもキレる人はいる」

 三宅さんはクスリと笑みを浮かべる。その視線は何故か俺の方を向いていた。それが何を意味するのか、俺にはいまいちピンとこなかった。

 ただ根岸先生を一般人扱いするのは違う。あの人は()()()()()()

 「一般人?俺は公安のエージェントか何かかと思ってましたけど。俺と話した時何故か俺がそれまでに得た失踪事件の情報持ってましたし、『自分にも事件の一端が——』とか言っていましたし」

 それを口にした瞬間、空気がひりついた。それはどこか隠し部屋で初めてあった時を思わせる。そう、三宅さんの調査員モードだ。

 「その人、名前は」

 「ね、根岸恭子先生です。…英語教諭の」

 あまりの凄みに言葉が詰まる。三宅さんに何か思うところがあるのは確かだった。

 「…根岸恭子。覚えのない名前だ。エージェントなら、山本がいち早く当たってそうなものだが…」

 彼は釈然としない表情を浮かべる。右手を顎にやり、ブツブツと言の葉を発しながら、考え込むような仕草をした。

 「そのことは今はいい。戻ったら。山本にでも探らせよう」

 その日も空メールはきちんと届いており、『山本』なる協力者の生存は確認されていた。

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