百七十一記_正義の味方
『人がいた』
三宅さんの突然の告白に俺は動揺を隠せなかった。
以前から正体不明の純日本人の難民が確認できること。これから文明が存在することは明らかだった。さらにはラテン語という『言語』、廃工場の隠し部屋の『装飾』、そして魔術めいた力が存在すること。それらを統合して『何らかの魔術体系を基礎にし、ローマ帝国から派生した、もしくは源流となった文明』があるのではないかという具体像を抱いていたのだ。
「ちなみにどんな感じでした?」
俺はおそるおそる聞く。案外、ラビリンスは二足歩行動物が多い。先のリザードマン然りヴェアウルフ。中でもガリポット(三宅さん命名。)には驚かされた。豹が人型になったような見た目をしているこの魔物は、周辺の動物に擬態できるのだ。その上、行動まで模倣することが可能だった。
俺たちが彼らをと断定した理由はただ一つ。
『知性』がない。こと戦闘においての駆け引きは他の動物より優れているが…それだけだ。少し強い異形程度の認識だった。
ともかく、俺は三宅さんの報告を見間違いではないかと思っていた。
おそらく双眼鏡で探っている折にそれら見たのだ、と。
だが、三宅さんは訝しむ俺の視線に首を振った。
「まさしく人だった。吾たち人族に類するものだ。集団で魔物と戦っていた。武器は近接武器。そして『神秘』だ。『魔術』といってもいい。時々、何かが煌めいて魔物が怯んでいた。業平くんが持つテレポートの『扉』、刈谷家にかけられていた『透明迷彩』それに類するものだろう」
「魔術って、あの魔術?火とか水とかそういう?」
俺の頭の中にはファンタジー小説の憧憬が浮かんでいた。幾度となく読んだ御伽噺の世界だ。
「さあな。そこまでは分からない。何せ双眼鏡の最大倍率でやっと視認できる距離だった。現れた集団は三つ。四足歩行型の魔物と戦い、何頭か仕留めると業平くんの持つ『扉』のようなもので消えるか、草原を離れるかといった様子だった」
…なるほど
三宅さんがここまで断言のは珍しい。いつもなら、間違えであることを念頭に『可能性が高い』という言い方をするのだ。
…それにしても『人』か
これは途轍もなく大きな前進だ。その人たちに上手いことコンタクトが取れれば、この世界の事を体系的に知ることができるかもしれない。
「…あ」
そう考えた俺はふと思った。
『俺が倒れてなければ、今日中に接していたのではないか』と。
三宅さんの持っている双眼鏡の最大距離は環境によって左右されるものの八〜十キロほど。ちらほら集団の出入りがあったことを考えると場所まで移動しての出待ちも難しくはない。
「?どうした。業平くん」
内心の乱れが表出していたのか、三宅さんが顔を覗いてくる。俺は逡巡の躊躇いののちに包み隠さず、本心を零した。
「いや、俺が倒れてなかったら、今日中に現地の人にコンタクト取れたんじゃないかって」
すると、些事だとでもいうように彼は息をついた。瞳には何処となく穏やかさが宿る。
「人命優先だ、業平くん。これは経験則だが、急場で生き残るのは目的の遂行を第一とするより仲間を大切にする人が多い。…そういうことを無しにしても、吾は君を置いていくほど非情じゃない。俺はこの世界で君に何度も命を救われている」
多分、戦闘でのことだろうと察する。戦術面では三宅さんには遠く及ばないが、敵の初動に関して俺の方が鋭い。『救われている』というと一方的にこちらが助けているように感じるが、持ちつ持たれつの関係だ。
「それはお互い様だよ」
そう返しながら同時にこの人らしいと思う。ラビリンス探索の道中に聞いた三宅さんの公安時代の話が重なった。所属してすぐの『サーバー落とし』然り、地方更迭の原因となった『老虎蛇』の単独工作然り、彼の根底にあるのは『仲間を守る』という意志だ。
きっと根っからの『正義の味方』なのだ。偶像をその身に宿した人なのだ。
「機会はきっとある。先も言っただろう、『出入り』はある。なら、その内出会すはずだ」
三宅さんは事もなさげにそう言うと小岩から立ち上がり、自身のリュックのある方へ歩いていく。行き先で中身を漁ると手帳と数枚の紙を持って戻ってきた。
「悔いても過去が帰ってくるわけではない。なら、『魔が悪かった』と切り捨てて未来の話をしよう」
そうして会議は始まった。