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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第三幕_到達と破断
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百七十記_蜘蛛の糸

 ——ニ〇ニ四年、同日、日本標準時十四時

 「やっと抜けた」

 苦節四日。俺たちはどうにか異形が跋扈ばっこする森から脱出した。一面に広がるのは草原だ。唐突に現れた空は森とは正反対の広大さを感じさせ、秋の夕暮れのように不気味さを醸し出している。中央付近には大きな湖。遠くには別の森、はるか先には山のようなものが聳えていた。

 魔物も森ほどでは無いにしろ、ちらほら見かける。

 ただもう不意に襲われることはない。これほど視界が効くのであれば、今までのように常に気を張らなくてもいいはずだ。

 …あれ…?

 四方八方からいつ襲われるか分からないという状況からの解放。

 それを意識した刹那。視界がブレた。

 「——っ‼︎業平くん」

 次の瞬間、感じたのは腹部側面からの温かい感触だった。それに体を預けたまま、数度瞬きをする。暫くすると全身の感覚がゆったりと回復していき、足の踏ん張りが効くようになった。

 「ありがとう、三宅さん」

 彼の肩を借りてのそりと体を起こす。ここ数週間の疲労が思ったより溜まっているのは明らかだった。

 「業平くん、少し休め。俺の失態だ。あまりに動けるものだから、君が一般人であることを失念していた。…すまない」

 三宅さんは申し訳なさそうに謝罪を述べる。心中では「とんでもない」と思った。確かに一人ではペースを違えることはなかったが、一方でこれほどの進捗を得ることもなかったのだ。

 「いや…、謝るのは俺のほうですよ。…無理に気づかなかったら『この世界(ラビリンス)』では死ぬ。未だに生存競争の世界なんです、ここは。だから、俺が悪いんです」

 俺は三宅さんの肩を借りながら、森の外れまでどうにか歩く。すると彼にすぐに寝るように促され、俺はシュラフに潜った。

 「俺が見張っておく。存分に体を休ませろ」

 微睡の刹那、三宅さんが何かを言っているような気がした。


 ——三時間後

 「ふあぁ…」

 寝たというのか、気絶したというのか。ただ深く眠れたらしく鈍重な疲れはだいぶマシになっていた。

 …夕方?

 茜が差す大空を眺めながら、ふいに思う。いつの間にか元の世界に帰ってきたのだろうか。だが、俺は即座にそれを訂正した。

 …違う。ここは『ラビリンス』だ

 現在の状況を思い出す。微睡で脳が鈍っていたらしい。

 俺は上半身を起こすと三宅さんの姿を探した。近くにいなかったのだ。それに荷物もなかった。幸い、すぐに見つかった。彼は小岩に腰掛け、双眼鏡を覗いては熱心に手元の用紙にメモを取るということを繰り返している。

 「よいっと」

 俺は使ったシュラフから這い出てそれを片付けると手近な所に置いてあったリュックや装備を持って、彼のところに向かった。

 「三宅さん」

 声をかけると三宅さんは双眼鏡を瞼から離し、こちらを向いた。

 「業平くん…もう大丈夫か」

 何かを見るのに熱中していたようだったが、俺の姿を見ると表情を曇らせた。おそらく俺の疲労度を加味できなかったことを未だ気にしてのことだろうと思う。

 俺は徐に腰元の短刀を引き抜き、構えをとった。速度、反応共に問題なし。体力に多少の心配はあるが、連戦や持久戦にならなければ問題なさそうだった。

 「もう動けます。大丈夫です」

 動作の後に俺は目を見開いて意志を伝える。最低限キャンプ地に戻るまでは踏ん張らなければならない。安全を期しての体力、気力の回復。それが俺の今の至上命題だった。

 「あまり、無理はするな…とも言えんな。ここらの地形もそれとなく分かった。今日のところは森に戻る。それに話したいこともできた」

 俺がその判断に頷きを返すと三宅さんはメモや双眼鏡などを片付けてリュックを背負い、俺たちはキャンプ予定地に向かって歩き始めた。


 今日の野営は森の外縁部だ。程よく草原から離れた場所になる。隣接部分で魔物の縄張りが区切られているのか、両方の領域が接する二キロほどは生物の姿をほとんど見なかった。

 つまりは比較的安全と言えるわけだ。

 森にいた時は洞窟や洞穴、大樹のウロ。それらがない時は巣穴を持つ魔物を狩って横取りするということも珍しくなかった。

 「業平くん」

 野営地の設営も夕食も終えた後、三宅さんに呼ばれた。こういう時は決まって会議になる。お互いの体調や探査中の戦闘や気づきなどの所感の共有。そうしたことに三宅さんの経験を上乗せして、次の調査計画を立案する。

 ちなみ始めは「とにかく同じ方角を真っ直ぐに進む」だった。そうして森を抜けることを目指したのだ。その目論みは成功したと言える。

 俺は脳裏で戦闘や地形、自分の目で見た『これまで』を反芻し始めた。より多くの情報を絞り出す必要がある。それがより良い調査に繋がるからだ。

 「人がいた」

 刹那、三宅さんが唐突に放った言葉で思考は吹き飛んだ。


 『人がいた』


 それは今までの俺たちの類推が事実に変わった瞬間だった。

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