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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第三幕_到達と破断
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百六十八記_十三日目

 ——二〇二四年、八月十日、土曜日、ラビリンス

 鬱蒼うっそうとした森。そこは熱帯林のように蒸し暑く、ジリジリとした熱気が充満していた。

 今、俺たちはその只中でとある怪物と相対している。

 全身がカラスのように黒い羽毛で覆われた怪鳥だ。各個体にトサカがあり、頭と胴の境目に赤の差し色が入っている…それが四体。

 パターン化されているものの熟達した『狩り』は厄介だった。

 一番素早い個体が相手の目の前に飛翔し、視覚を奪う。そして、その体の間を縫うように滑空し、獲物に迫るのだ。総じて動きが素早い上に攻撃担当の個体と入れ替わるように囮役が次の準備に入る。抜け目がなかった。

 巨大な木の枝に身を隠しながら眼下を見る。丁度、三宅さんに囮役の一体が迫っていた。しかし、彼は滑空する怪物を前に微動だにしない。表情は引き締められ、手にした銃は構えたままだ。なら、()()()()()()()()()()()()しかし、問題ないと分かっていても心配にならないわけではない。俺は戦場に飛び出したい衝動をグッと堪える。

 敵と激突する刹那、銃声が響いた。囮役の目からは血潮が飛ぶ。わずかに相手の体勢が崩れ、後続の攻撃部隊との間に間隙かんげきが作られた。

 彼はその間に飛び込み、滑り込んできた別個体の腹部にも銃弾を浴びせる。そのまま地面を転がり、立ち上がるとこちらと視線が交錯する。

 合図だった。

 役割は分かっていた。視線が交わったとき、俺はすでに人の胴を優に超える太さの枝を疾走していた。目下で先ほど攻撃を受けた二体が下でジタバタとしているのを確認すると、視点を変える。

 予想通り、残りの二体の連携もそれに伴って乱れていた。洗練されたチームワークほど崩された時の対応が効きにくい。

 俺は彼らの動きを監視していた巨木から飛び降りると、滞空しながら負傷した個体を注視する別個体の背に短刀を深々と突き立てる。刹那、カラスもどきは浮力を失うが、それを待たずして俺は再び空中に躍り出た。

 僅か下に位置する最後の一体に同じようにリザードマンのナイフを突き立てると先ほどのように落下に転じる。俺は地面に墜落する時を見計らい、怪鳥を足場にして宙返りしながら地面に至る。すぐさま走り出すと地に転がる四体の異形の首を刎ねた。

 瀕死の動物ほど怖いものはない。それはこれまでのラビリンスの探索で痛いほど知っていた。

 最後の一体を絶命させると太い首がぬるりと落ち重鈍な音を立てる。辺りに他の異形の姿がないことを確認するとゆっくりと息を吐いた。

 緊張が解けると拳銃をホルダーに戻しながら、歩いてくる人物が見えた。三宅さんだ。

 「相変わらず無茶な戦い方をする」

 「それはお互い様だよ、三宅さん」

 俺は大ぶりのナイフについた血を屍となった鳥の羽で拭いながら、応答した。

 …随分と連携も様になってきたな

 この警官とラビリンスを攻略し始めて約二週間が経つ。互いに単独で戦うことを得意とすることから始めは連携をとるのが難しかった。。どうしても複雑な立ち位置の切り替えを必要とすると上手くいかなかった。

 試行錯誤しているうちに今の形、三宅さんが囮を引き受け、死角から俺が奇襲するという形に落ち着いた。ラビリンスで戦闘を繰り返すうちに俺が自然と出来るようになった暗殺まがいの戦闘術。それに戦闘経験が豊富な三宅さんが合わせるようになったのだ。

 「三宅さん、今日はこの辺りで引き上げよう」

 俺は身軽にするため下ろしていたリュックを回収するとスマートウォッチを起動させて、時刻を見る。ディスプレイには『18:04』と表示されていた。未だ慣れないがラビリンスは昼夜がない。元の世界のように感覚で動くとどこかで確実にガタが来る。意識的に規則正しくしなければならない。

 「なら、少し前にあった洞穴を使うか」

 俺はそれに頷きを返す。俺たちはその日の午前中に見つけた場所に引き返すことになった。しばらく森の中を進むと小さな洞穴が顔を出した。身を屈めて中に入ると特有の冷気が肌を

 撫でる。奥に続く岩場は表面が湿っており、気を抜くと滑ってしまいそうだった。

 地上から差し込む光は早々に消え、辺りは暗闇と化す。俺は代わりに電灯を点けた。そうして行き止まりまで進み、荷を下ろす。生物の根城でないことは事前に確認済みである。

 「今日は十キロか。短いな」

 三宅さんがバックから取り出したノートにメモを写す。今日辿った道を記録しているのだ。

 「仕方ない。この辺は化け物が多い感じするし。…明日こそは森を抜けられるといいけど」

 俺は受け答えをしながら、自分のリュックを漁り始めた。中から取り出したのは二つの瓶。中身は数日前に塩漬けにした化生の肉と持参した野菜のピクルスだ。

 …ありがたい

 俺はスティック上になった野菜がこれでもかと詰め込まれた瓶を片手に感心していた。探索の始めはなんとも思わなかったのだが、今となっては必需品と確信できる。数日前から野菜が異様に美味しく感じられるようになっていた。

 『これは絶対だ』

 それは約二週間前、ラビリンスの長期探索が始まる前に三宅さんが言ったことだ。その時、彼のセーフハウスの卓上には大量の備蓄用食料が並んでいた。そのほぼが煮物や乾物であり、野菜を重視して構成されたのは明白だった。

 曰く、野菜が一定量不足すると如実に心身に影響が出るらしい。あの時は他人事のように考えていたが、今となっては認識が甘いと改めるしかない。

 俺は三宅さんが加わる以前からそれとなく『夏休みはラビリンスに入り浸ろう』と考えていた。それは『扉』の開く位置が毎回ランダムであることに起因する。どうしても同じ地域を深掘りできないのだ。

 やがて一つの地域を納得いくまで調査し尽くす、逆転の戦略を弄した。

 今思うとその時は長期行動を軽視していた。なんとなく出来るだろうと考えていた。しかし、それは大きな間違いだったのだ。

 俺だけなら、夏休みをまるっと使ってやっと勘所を掴むのがせいぜいだっただろう。

 始めは一週間と少し。短くて七日間、長くて九日間。始めはそれで精々だ。食料問題だけではない。長期探索の要領を得ることも必至だ。

 結局は三宅さんのようなやり方に落ち着くとは思うが、その頃には夏休みが終わっている。学校はサボることもできるが、警察の目に付く危険もある。

 そうすれば、全てがオジャンだ。

 予想外だったが、隠密捜査を主としていた彼が加わったのはまさに棚から牡丹餅だった。結果的に俺の探索計画は前倒しとなったわけだ。

 それに食料は現地調達できるものとそうでないものを事前に吟味したため、荷物が少ないながらも活動にはあと二週間ほどの余裕があった。そのペース配分もほぼ三宅さんの読み通り。勿論、体調も万全である。

「業平くん、どうかしたか」

 声をかけられて、ぼんやりとしていた焦点が合う。思わず、掴んだままのピクルス入りの瓶に力が入ってしまった。

「いや、やっぱり三宅さんの言うとおりだったな、って。最近、野菜が美味しく感じるんです」

 そう言う俺の口元は綻んでいた。これまでの行き当たりばったりではなく、計画的な探索。着実と成果の見込めるそれに俺は一種の安堵を覚えていた。


 「今日はどう?」

 「いつもの空メールだ。どうもこうもない」

 スマホを弄る三宅さんに俺は声をかける。目の前には日本のどこかの夜景。手元にはあの雲を支える巨人を思わせる図柄が描かれた『カード』。そう、俺は一時的に扉でこちら(ラビリンス)彼方(元の世界)を繋いでいた。そうしているのは携帯に電波を届けるためだ。

 毎日午後六時〜七時の間に『協力者』から空メールが届く。協力者も警察の人物であるが信用はおけるそうだ。

 『空メール』=問題なし。『メールなし』=異常。

 つまりは『協力者』の身に何かがあったというわけであり、実質的に警察の介入があったと考えるのが妥当とのことだ。こちらからも同様のことを行なっているとのことだった。

 因みに俺は俺で携帯をいじっていた。

 徐にどこかの夜景をスマホで撮る。そして、ラインのトーク画面にそれを投稿した。

 『ここは空気が綺麗だよ』

 それは親に対してのメッセージだった。親には『受験前に知見を広げてそれから進路を選びたい』と最もらしい理由を伝えており、今は日本各地を旅していることになっている。建前上、時折写真を送っていた。ここまでするのは何処からか警察側に情報が漏れるのを防ぐためだった。

 …気が引けるけど、しょうがない

 これは親自身を守るためだ。

 曰く、公安職員は国の秘密を守るためなら、法外のことでも躊躇うことなく手を出すらしい。故に『そもそも知らない』状態でいると言うのが大事なようだった。

 俺が三宅さんの合図で『扉』を閉めると彼方(あちら)から通っていた生暖かい風がやみ、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

 「いつも通り、業平くんが先に寝ろ。俺がその間見張りをやる」

 「分かってる。おやすみ、三宅さんまた明日」

 「ああ」

 俺は三宅さんのそっけない返事を背で受けながら、シングルバーナーをはじめとしたキャンプ用品がひしめく場所を離れる。丁度、暗闇と光の狭間まで来ると湿気を遮断するシート、キャンプマット、シュラフの順に敷く。

 そうして寝床を整えると俺はラビリンス世界で十三日目の入眠を迎えた。

 十時間後、何事もなく双方の睡眠が終わり、俺たちは洞穴を後にした。

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