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百六十五記_ファミレス談合②

 頭を悩ませていると初対面で必ず聞くことを疎かにしていた自分に気づく。警官に呼び出されると前代未聞の状況下で緊張のあまり忘れてしまっていた。

 「すいません、今更ですが、その…名前を伺っても」

 申し訳なさそうな声色で覗き込むように聞く俺に対して、警官は毅然きぜんとした態度を崩さない。ただ一瞬、呆気に取られたような顔をした。おそらく、顧みて互いに自己紹介をしていなかったことに気づいたのだろう。

 「ああ、そうだ。まだだったな。三宅宏昌ひろまさだ。それと業平くん、もうかしこまらなくていい。おれたちはもう警官と一般市民ではない。『同志』だ」

「分かりまし…分かったよ、三宅さん」

 自然と出そうになる言葉を直前で訂正する。年上と立場が対等というのは親以外で経験がなかった。だから、癖が出た。染みついた習慣というものは容易に抜けるものではない。しばらくは意識的に話す必要がありそうだと感じた。

 それから俺たちは少し遅めの夕食を食べ始めると片手間に情報の共有を始めた。俺は主に廃工場の隠し部屋、そして異世界『ラビリンス』について。三宅さんは警察内部から入手した情報だ。照らし合わせると新しく分かったこともあった。

 ・警察は新失踪以前から『ラビリンス』、そして『ロサイズム』という組織を認知していた

 彼の協力者が調べた情報では二〇〇九年ごろから知られており、二〇ニ一年に『ロサイズム』の活動が活発化してからは『対L班』が組織され、現在に至るまで水面下で活動中とのこと。

 三宅さんは隠語のみを知っており、今回の俺の報告で正体に至ったというわけだ。

 昨今の通信傍受でも『RI:Rosa-ism』、『対L班:対ラビリンス班(仮)』と隠語の使用を確認でき、今後も新しい情報を期待できる。

 ・歩夢ちゃんと世話役のシャーロットさんは異世界人の可能性が高い

 彼女たちを初めとして、述べ三万人が日本本土に移民してきている。彼らに共通することとしては入国以前の記録が改竄されているということだ。

 また、その記録が日記に寄って推定できるロサイズムの活発化と同時期に推移していること。

 加えて、多くの移民は純日本人であることからラビリンスからの移民と捉えると辻褄が合うらしい。それも相まってか新は平時、公安調査員から尾行を受けていたそうだ。

 「…でも、それなら、新は何で連れ去られたんです?現場には警察官がいたはず…」

 俺がそう口走ると三宅さんは食事の手を止め、端的に言った。

 「…殺された。少なくとも四人以上はいた筈だが、あの様子だと皆殺しだ。だから、公安は『広域封鎖』、『報道の完全規制』などという無茶な手まで使って情報を限りなく潰した。まあ、極秘裏に動いていたことを考えると当然ではある」

 周辺の防犯カメラから削除された映像には二メートルは優に超える何者かが二人と首謀者一人の姿があったそうだ。画像解析をかけると本来は顔があるはずの顔面を覆うように一輪の大きなバラが咲いていたらしい。『ロサイズム』という名との関連性は現在、調査中とのことだ。

 …顔面にバラ

 突飛なことのはずなのにするりと喉を通っていく。ラビリンスで数多の異形を相対したからだろうか。リザードマンに大蛇、肉食の兎に巨大な蝿。あの世界は俺の普通が通用しない。だから、不可思議を受け入れることに体が慣れ始めているのかもしれない。

 「あと、そうだ。君にはこれを知らせておかないといけない」

 丁度、自身の皿を空にした三宅さんが紙ナプキンで口元を拭いながら、話し始める。

 「山神新はラビリンスにいる」

 俺は突然の告白に目を見開いた。刹那、周囲の音が突如として遠のいたような錯覚を覚える。不意に頭がぐらつき、項垂れる。その時の反動が俺を現実に引き戻した。

 「…根拠はあるんですか」

 ゆっくりと漏れ出ていく息に言葉が乗る。それは自分でも驚くほどか細い声だった。

 「ああ。もちろんだ。おれは廃工場に行く前に刈谷歩夢の家を調査している」

 変なことを言うと俺は思った。あそこには何もない。橙の仮囲いで敷地は囲まれ、中には大きな『売地』の看板が突き立てられていたはずだ。

 彼がそこで言葉を止めていたので俺は頷き、先を促す。すると三宅さんは再び口を開いた。

 「おかしな話だが、家は健在だった。表向きは空き地を装っているが、家はある。技術的にどうなのかは分からないが、周囲に解け込むように『透明迷彩』が施されていた」

 …なるほど

 俺はその話を聞いて、妙に納得していた。ラビリンスの逸した冒険譚をなぜ三宅さんは聞き続けられたのか。『扉』の話をしても平然としていたのか。それは先に自分も神秘の一端に触れていたからなのだ、と。

 「おれは不動産から借りた図面を元に窓の位置を割り出し、侵入した。中にはあの日、山神新の服や所持品が散乱していた」

 曰く、所々ほつれたり、擦り切れたりしていたものの外傷はないようだった。さらには歩夢宅には高身長の女性の服もあったとのこと。急ぎで支度をして出て行ったのか、部屋は散らかっていたそうだ。

 「家の中からは山神少年と女性の指紋がいくつも見つかった。状況的に考えると刈谷歩夢の世話役だったシャーロット・ローレンスのものの可能性が高い」

 …確かに外から観測できない建物となると入ることのできるのは『そうではないと知っている人のみ』。確かに通りだ。

 ただ、そこで思う。それならシャーロットが拉致らちした犯人なのではないか、と。そのまま三宅さんに問うと彼は首を横に振った。

 「実は山神新は失踪した翌日の早朝、学校に欠席連絡をしている。座標はあの家からだ。犯人なら、携帯など取り上げてしまうだろう。それに少年が着ていたパーカーから微量ではあるが、正体不明の血液が検出されている。故に俺は合意の上でシャーロットと共に行方をくらましたと考えている」

 DNA構造は人や他の哺乳類、小動物にも合致せず、またパーカーの袖口があり得ないくらいの力で握られたシワが寄っていた。その手の大きさから推定できる体躯たいくの情報が部屋になかったことから、彼女が首謀者である可能性は限りなく低いらしい。

 「業平くんから『扉』の話を聞いて謎は晴れた。何処かへテレポートできる『神秘』があるのなら、事件現場であろう廃工場から刈谷歩夢宅まで目撃情報がないこと。それに部屋から忽然こつぜんと姿を消したことにも説明がつく」

 …だから『ラビリンスにいる』か

 話の区切りがつくと三宅さんは手帳のページを一枚切り、何かを書いて俺に渡してくる。

 「調布にある俺のセーフハウスの住所だ。後日、君が持っている『日記』や収集物を見せてもらいたい。後は今後の作戦会議をしようと今は考えている」

 二、三言交わし、『明日の午後』と日程を定め、その日はお開きになった。駅で彼と別れ、俺は家まで歩き出す。

 …あいつがラビリンスにいる

 同伴したシャーロットさんのことは朧気だが残っている。寡黙だが、先回りして気を利かせてくれる人だった。最優先は歩夢ちゃんにまつわること。彼女の友人だった俺も丁重に扱われていた記憶がある。今思えば、彼女が新を無理やり拉致するとは到底考えにくい。

 新はどうか知らないが、側から見た俺には歩夢ちゃんが新に興味があるのはよく分かっていた。聡い彼女が気づいてはずがない。当人が他界したとはいえ、どんな理由があれどあのシャーロットさんが拉致するはずがないのだ。

 …なら、ここからは証明だ

 新がラビリンスに滞在している可能性が高いことは分かった。後はそう。一目見るだけでいい。あいつの姿を。五体満足で生きている姿があればそれでいい。異世界に残るにしろ、何にしろ。俺はそれで重責からまぬかれられる。


 『ただ傍観しているだけの自分』から脱却できる。


 始めは消えた新を見つける、連れ戻すというただそれだけの目的だった。だが、思うように情報が集まらずその状況が歩夢ちゃんが死んでしまった時の俺と重なってしまった。だから、これは俺自身の試練でもあるのだ。

 黙視し続け、終わった時に初めて生まれる後悔。胸のうちでくすぶり続ける苦味を持ち、粘性を帯びた重鈍な何か。これ以上背負うわけには行かないもの。

 その時、これまで幾度となく想起された光景が目の裏を焼いた。

 葬式のとき棺にしがみつく少年を呆然と見ているだけの誰か。

 その誰かは家に帰って初めて事実を認識し、枕を濡らして嘔吐(えず)いたのだ。苦しくて息ができない夜だった。

 その誰かは記憶の中で未だ泣きじゃくっていた。『またどうにもできない』と無力感に打ちひしがれていた。そんな小さな少年の頭に手を乗せて俺は決意を口にする。

『俺が何とかしてやる。だから、もう泣くなよ』

 ゴワゴワした栗毛を撫で回す。すると彼は口元を震わせながら、笑みを浮かべた。


 気づくとそこは家の近くだった。

 たっぷり二十分近くも幻想に浸っていたらしい。俺は自嘲するように含み笑いすると家の戸に手をかけた。


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