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百六十記_ラビリンス

 ——ラビリンス『???』

 『門』を越えると、踏み締める地面は柔らかいものから固いものへと変わった。振り返るとおぼろげに自分家の庭が映っている。その繋がりに安心感を覚えた瞬間、ふっと消えた。思わず『門』があったはずの虚をペタペタと触る。どうやら、それは通ると閉じるように出来ているらしかった。

 しばらくすると目が闇に慣れてくる。だが、視認するには至らなかった。徐に顔に手を近づけるも気配しか感じない。俺は手探りで腰に吊り下げたライトを掴むとスイッチを入れた。

 …うっ

 電灯のまばゆい光に目を背ける。暗黒に慣れていた瞳に差したそれは白昼の太陽を思わせる。何度か重々しく瞬きを繰り返すとやっと辺りが見えるようになった。それでも半径二メートル…最大光量でも八メートルが良いところ。灯りが反射もせずに黒に溶けていくことを考えると、俺がいる場所はかなり広いのかもしれない。

 …早速使うか

 俺は背負うリュックからケミカルライトを数本取り出すとポキリと折って周囲に放った。目立つ橙の光は岩肌にぶつかるとプラスチック特有の安っぽい音を奏でる。その内の一本が空中で弾かれ、回転しながら地面に転がった。ライトを回収しながら、近づくとぼんやりと岩壁が照らされる。

 俺はライトを拾い上げると再度投げ、同様のことを幾度か繰り返す。すると壁を背にして左方向に別の空間に続く道があることが分かった。分かりやすいように置き直すと再び空間の探索に戻る。

 ライトを投げて、めぼしい成果があれば残し、そうでなければ回収する。『ヘンゼルとグレーテル』であれば、来た場所に帰れるように目印を置くのだろうが、生憎、俺の場合は即座に『門』を開いての帰還が可能だ。その分、広く探査できる。

 地道に空間を探り、全容を掴んだ。広大な楕円状の空間。そこから五本の道が伸びているのが分かった。各方を軽く照らした結果、南東方向に進むことに決める。

 最適解かは分からない、俺は冒険家ではない。いわゆるベッドタウンに住んでおり、自然とも無縁だ。相応のリスクは孕むだろう。しかし、だからと言って立ち止まるわけにはいかない。駄目そうなら、ここに戻ってくれば良いのだ。強行はしない。

 …石橋を叩くように少しずつ、だ

 ごくりと唾を飲むと耳の奥でよく響いた。あまりに周りが静かなので普段は歯牙にはかけない些細な音でも余韻まで感じ取れる。

 物を投げる音、落ちる音。

 衣擦れ、コツンという足音。さらには呼気まで。

 全ての解像度がいつもより高い。現代ではトコロかしこで喚く雑音がここにはない。それ故に自分の動作と感情の結びつきを強く意識する。外では霧散するような瑣末なことでも頭の中で燻り続ける。今で言えば、不安や恐怖だ。未知の領域にいる事実をありありと突きつけられる。普段は煩わしいと感じるものが恋しい。

 …もしかしたら、街中の喧騒は内側と真剣に向き合わないためにあるのかもな

 心と向き合い続ける人は強いか、砕けるかのどちらかだ。大半は砕けることを無意識で悟っているので、向き合わない。向き合えない。だから、町や社会に蔓延る外聞は人の精神の緩衝材として一役買っているのではないか、とそう思ったのだ。

 …そういう意味では(あいつ)は強かった

 『刈谷歩夢(あの人)を救えなかった』

 その厳然たる事実に真っ向からあいつは対峙していた。『自分が感じた無力感を多くに感じさせないためにより多くを救う』。荒唐無稽。おおよそ人一人の人生では不可能だ。しかし、新の日頃の行動を見ていると、或いはという感情を抱かずにはいられなかった。

 …よく考えてみると『強くて、でも砕けてる』そんな感じだった

 諸刃の剣。願望が大きければ大きいほど、進んだ時の代償は高くつく。

 …もっとちゃんと話を聞いてやればよかったな

 友達として気を晴らすのではなく、『辛い』とか『しんどい』とか。心のケアの方があいつは必要としていたんじゃないか。

 俺はただ気にかけているだけの傍観者だった。

 …またか

 俺は自分だけがある暗闇の中で考える。邪魔するものは何もない。思考は深化を続け、普通至れない領域まで落ちていく。孤独感を感じ始め、次第にそれは堪難いものへと変質していった。空洞を探索する中、はっきりとした成果が上がらないことも起因したのかもしれない。俺はいつの間にか地形をただ調べるだけの機械と化していた。

 ピタ。

 そんな時だった。粘り気の強いものが張り付くような音がした。

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