十六記_岬武具店②
「終わった〜」
彼は俺の防具が決まるとそう言って、両手をあげて伸びをした。
素材は、牛の皮。胸、前腕、手の甲、下半身は太腿を前面から側面を覆う形、脛、靴。といった形で可動域に干渉しないような作りのものになった。装備は有り合わせのものだが、茶系統で統一している。おまけということで青のインナーももらった。
「ねーちゃん、終わったよ。後は…武器だな」
「片手剣と盾でお願いします。それと模造剣を。できれば実戦用と同じ重心、重さのもので」
受付に戻ると、すでに防具の調整を終えたシャーロットさんがいた。今は二人とも『体を馴染ませるため』という理由で鎧を着たままだ。
「ほれ、ぼーっと突っ立ってないで選べ」
言われるままに店内を見回すと、武具が壁にかけられているものと直剣が傘立てのようなものに乱雑に入っているのが分かった。
壁掛けの剣を見ていくシャーロットさんを他所に俺は引きつけられるように数多の剣が雑多になっている箱から剣を取り出して一本、一本鞘から抜いては感触を確かめる。
そして、檜色の握りと臙脂の鞘、鍔と接する金具に銀が指してあるそれを取り出す。
その時、奇妙な感覚に襲われた。これしかないという確信めいたものが胸のうちから全身に広がっていく。恐る恐る柄を握り、力を入れていくとチンッという微かな金属音と共に剣身が姿を現した。
…綺麗だ
他のものと何ら変わらない銀を基調とした色合い。それなのにそう感じているのは何故だろうか。
「新さま、いくつか見繕いましたが、どうですか」
シャーロットさんに呼ばれ、その剣を持ったまま彼女の元に向かった。
結局、他の剣も試したがあの剣を超えるほど相性のいいものには出会えなかった。シャーロットさんにも見てもらったが、重心の位置も悪くないようでそのまま購入することに決まる。
訓練用の模造剣もこれに似たものを選んでもらった。
盾は前腕の長さと同じくらいの直径の円盾になった。長方形のそれよりと違って小回りが効くそうで、騎士団でもない限りはこちらの方がいいらしい。
「えーと、全部で360ラピスだね。余った分は換金してく?それとも持っとく?」
言葉とは裏腹に香織さんは魔石をつまみ、目を煌めかせていた。
「…換金します。欲しいなら、欲しいと素直に言ってください」
「そりゃ、ねぇ。欲しくないっていったら嘘になるけど。お客さん相手だからね、一応だよ、一応。こんな質のいいの、滅多に見ないからね。武具屋だったら欲しがるさ。さすが元最上級冒険者だったことはある」
彼女は手をブンブン振りながら言葉を捲し立てる。実力のある冒険者との取引する香織さんが興奮するのだから、かなり希少度が高いのだろう。
「しばらくはこの品質は持ってこられないですよ。新さまを育てますし、私も以前ほど実力がありませんから」
「そっかー。期待してるぞ、少年!」
欲丸出しでサムズアップを向けてくる香織さんに乗せられるようにして右手で同じポーズをとる。何が理由でも期待されているというのは嬉しいものだ。
装備の説明や武器や防具の日々のメンテナンスについて教えてもらった後、香織さんと傑さんに見送られながら、店を出た。
「それで、シャーロットさん」
帰りの途中、俺は徐に話を振った。
「はい、なんでしょう」
「さっきのアレ…えっと魔石がカードから出てきたやつ、あれって何ですか?」
すると彼女は目をパチリとして、ハテといった疑問符を浮かべたような表情をした。その後、天を見上げる。すると合点がいったようで視点を俺に戻した。
「えーと、そうですよね。新さまは知りませんよね」
そういうと、彼女は腰元から二枚のトランプカードを取り出した。
その二枚は見たことがあった。黒バラの異形と戦った後に転移したときの紋章、片方はこの世界に来るのに使用した『アトラスの紋章』だ。
「この『紋章』が力を持っているのは新さまも知っている通りです。そして…」
言の葉を紡ぎながら、そのカードを裏返してこちらに向けてくる。
「このトランプ自体も紋章なのです」
彼女は語った。トランプの裏側に描かれた精緻な柄もまた紋章であると。
『回収の紋章』。冒険者界隈では『ブランクカード』という呼ばれ方もするらしい。
十七世紀ごろに突如として現れた出自は不明の人工紋章だという。しかし、あらゆる物質の保存、もしくは紋章化するその稀有な能力の仔細は爆発的にラビリンスに広まったらしい。ラビリンスの発展はこの紋章によるところが大きく、物流の制限がなくなったことからこれを機にヨーロッパ各国が挙ってラビリンス内に都市を建設したそうだ。
…要はさっきの魔石の入った袋は『回収の紋章』に「保存」していた、ということか
シャーロットさんが複数持ち歩いていることを考えると、一つの『回収の紋章』には一種類まで。つまりは制限付きの四次元ポ◯ットという訳だ。
「それに、紋章にも二種類あります。この『回収の紋章』で物質を紋章化した『天然紋章』と人が自ら描きつくった『人工紋章』です。今ある、『歪曲』『アトラス』『騎士』などは全て人工紋章ですね。『アトラス』と『歪曲』には原典が存在し、紋章院に保管されています」
「紋章院って?」
会話の中で現れた聞き知らぬ言葉を反復する。
「紋章院は紋章の管理機関です。実世界にもイングランドやスイスに紋章の管理機関として今も存在しています。そして、それはこの世界でも。こちらの世界では国家間の勢力図は実世界と異なります。……まあ、この辺りはまた後日話せば良いでしょう」
シャーロットさんが話を切り上げる。何かと思い、辺りを見渡すと要領を得た。
そこはもう宿だった。会話に夢中で気づかなかったが、いつの間にか帰ってきていたらしい。すると突然、眠気が込み上げてきた。新天地で動きすぎたのかもしれない。
…そういえば、昼も夜も何も食べてない
しかし、そんなことよりも眠たかった。客室に戻ってからは半自動的に体を動かし、鎧を脱ぎ、シャワーを浴びた。そして、ようやくベッドにありついた。
「おやすみなさい、新さま」
鈍化した頭、疲弊した体を包み込むような柔らかい声が響いた。




