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百五十九記_決意

 ——ニ〇ニ四年、七月十七日、木曜日

 学校から帰ると家の前に置き配のダンボールがあった。俺はそれの名義が自分宛であることを確認すると部屋へと上がる。開けると二振りのナイフ、コンパスやロープ、マッチ棒などが顔を出した。ナイフは一つニ万は下らない高級品。鋭さ、靱性、耐久性の下調べを行なって買ったものだ。これからのための先行投資だった。

 何を隠そう、あの『門』で繋がる世界ラビリンスの探索だ。

 俺は着々と異世界へと踏み入れる準備を始めている。この事件の捜査はある意味で手詰まりを迎えた。『あの日』何が起こったのかが判明したからだ。おそらく今まで通りの聞き込みに効果は見込めない。住民は、状況は知っていても実態を知らない。

 『日記の所持者が起こした事件の状況の一端』を知っていても『暗躍する組織、ロサイズム』については知らないのだ。そして、その『実態』を調べるには彼らが元いた世界『ラビリンス』へ赴き、この団体の素性を掴まなければならない。

 もしかしたら新に関する情報を手に入れることもできるかもしれない。それに人攫いが成功していれば、新があちらに居る可能性もある。それなら……。

 ——見つけて連れ戻してやりたい。

 俺はダンボールの中身をバッグに詰めたり、ナイフを揺らし感触を確かめながら脳裏で目的を反芻する。

『それは本当に新のためか、それだけか』

 その時、極小の。しかし、よく通る声が耳元でぼやいた。素早く声の方を向くが誰もいない。徐に手で耳を触るとゾワ…という怖気と吐息の蟠りを感じた。

 一瞬気取られたが、次の瞬間には正体に気づいていた。俺だ。俺の声だ。俺自身を冷笑する俺の声。

 …確かにな

 探索の準備に忙しく動いていた手が止まる。

 …俺は自分が楽になりたいだけなのかもな

 それは廃工場で警察に鉢合った時も思った。俺は歩夢ちゃんの病状が深刻化する中、何もせず、新のいうことを鵜呑みにして傍観していた。俺は今回の件で動き続けることでその贖罪をしようとしているのかもしれない。

 警官の手から逃れる際は『足掻く』などと息巻いて払拭したつもりでいたが、どうやら未だに俺の胸の内では割り切れていないらしかった。

 …でも、それでいいじゃないかな?

 刹那、誰かの快活で陽気な声色で呟いた。

 聞き覚えのある活発な声。彼女だ。歩夢ちゃんだ。確かにあの人なら、『僕』が今の悩みを吐露したら、そう言って背を押してくれるだろう。

 すると胸に立ち込めていた後悔の霧は瞬く間に薄くなった。心なしか口角が上がる。

 自己満足。贖罪。上等だ。何も割り切る必要はない。何が動機であれ、動き続ければ何らかの結果に辿り着く。そこに新がいれば、ハッピーエンドだ。

 俺だけじゃない。人は大なり小なり取り返しのつかない過去を抱え込んで生きている。それらが気持ち悪い感覚となって泥沼のように纏わりついて重くなればなるほど一歩一歩が踏み出せなくなる。抜け出す方法がわからなければ、たちまち沼に沈んでしまう。そうして人は動けなくなるのだ。

 幸い、今の俺には方法があった。どう清算すれば泥濘ぬかるみが軽くなるのかよく分かっていた。ただの傍観者から当事者へ近づくことが俺自身を底なし沼から引き上げる術だ。俺はとうに知り得ていたのだろう。だから、あの瞬間『足掻く』という三文字に全てが集約されたのだ。

 自分のため、人のため全部ひっくるめて動けばいい。

 彼女の幻影を発端にして後ろめたさを払拭した俺は準備を終えて階下へ。そして、靴を履いて裏庭へと出た。

『アトラスの紋章よ、天と地を支えし巨人の力を持って他の世界へ続きし扉を開け』

 宙空が揺らいめたかと思うと捻じ曲がり、極小の黒点が生まれる。それはみるみるうちに肥大し、人一人が通れる大きさの真円を形成した。中には前と同じような洞窟の風景。

「…ふぅ」

 俺は息を鋭く吐き、肝を据えると暗闇の中へと歩を進めた。

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