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百五十四記_廃工場探索③

 カン、カン、カン。

 すでに自宅を出てからは三時間近く経っていた。そろそろ人が動き出す頃合いだ。しかし、廃工場内は静かなものだった。外は賑やかいはずなのに声の一つも聞こえてこない。それがここの異質さを引き立てていた。俺が工場中央部の階段を使用しているというのもあるとは思うが、不気味だった。ヒトっ子一人許さないような厳粛な雰囲気の中で足音だけが反響する。

 その時だった。

 …っは

 物思いに耽っていたせいであろうか。いや、盲信だったのかもしれない。足元にはあるはずのものがなかった。そう、階段が途絶えていたのだ。だが、時すでに遅し。気づいた時には足は虚空を踏み抜いていた。

 体勢は大きく崩れ、俺は宙空に放り出された。腰元のライトがガシャガシャと揺れ、無造作に辺りを照らす。落下の最中、かろうじて目視できた壁を横跳びの要領で蹴り飛ばし、激突の際で後頭部に手で覆うと背中を強い衝撃が襲った。勢いのままに転がり、大の字になる。

 …助かった

 起き上がらないまま、安堵する。心なしか息が荒くなっていた。突然、訪れた急場に焦ったのだろう。意識的に深く呼吸をする。次第に安定感を感じられるようになり、俺はむくりと上体を起こした。

 ライトは腰元で未だ光を放っていた。腰元のフックからそれを外し、手に持つと俺は落下地点へと向かう。そして上方にライトを掲げた。

 …なるほど

 金属の薄い板でできていた階段は半ばから錆びて朽ちていた。ちょうど、五段ほどだろうか。手元の光源を下に向けると、元々階段だったものの金属片が真下に散乱しているのが分かった。落下の衝撃を緩和しようとして瞬間的に壁を蹴った訳だが、そのまま落ちていたら鋭利な破片で大怪我をしていたかもしれない。

 自分で老朽化が深刻だと認識していながら、この始末。…反省だ。移動する時は辺りの様子に気を配ろう。俺はそう思った。

 改めて、辺りを見回す。まだ地下一階だからか、幾らか地上の光が届く。ただ物を視認するには光量が足りない。『何かある』と感じ取れる程度である。この様子を見るに地下二階は暗黒とも云える空間が広がっていることだろう。

 …昔の俺たちはよくもまあ、こんな危なっかしいことを平然と

 重ねて呆れた。当時は今ほど老朽化が進んでいなかったとはいえ、危険なことに変わりない。少し、子供の行動を制限したくなる親の気持ちが分かったような気がした。

 気を取り直して、地下一階の探索に乗り出す。あちらこちらと移動をしていると朧げだった記憶が鮮明さを取り戻していくのが分かった。

 どうやら、子供の頃は暗がりの方が感情が昂ったらしい。

 おかげで上層階の時よりも調査は捗った。ただ地下一階部分にはめぼしい物はなく、俺は下の階へと降りることとした。今度は仕損じることなく、下へと降ることができた。穴が空いていたり、先のように数段無くなっていたりしたが、分かっていれば対処は容易だった。

 …ん?

 それは最下層を一通り見て周り、即興で作った地図に成果を書き込んでいる時に起こった。

 地下一階に続いて変化はなかった。強いていえば、他の階同様『放置されている割には綺麗』というだけだ。鑑識が入った折に清掃したのかもしれない。

 ただおかしな事が一つあった。幼少の頃の記憶と食い違いを起こしている部分がある。

 …あれはどこだ、どっかに小さい部屋があったはずだ

 確か、そこに至ったことで廃工場探検は終わった。内部を完全に把握したから遊びはおしまい。次の日からはいつもの公園で騒いでいたはずだ

 俺は上向いて瞳を閉じ、当時の光景を再現しようとする。

 ——錆びたラック、かなり大きい。それがいくつもあった。所々、ボロ切れ?のようなものがある

 ——蜘蛛の巣の張った電灯…いやガス灯か。その下には脚が欠けて砕けた机。

 ここは工場だった。なら、仮眠室のようなものがあってもおかしくはない。

 俺は瞼を開き、手製の地図と記憶を照らし合わせる。やはりそうだ。方角にして北。壁が窪んでいて少々下に降るコンクリの階段を降るとそこに行けたはずだ。

 俺は記録のために立てていた電灯を手に取ると、周囲を照らしながら当該の場所に急いだ。だが、そこは壁だった。ライトを扇いで周囲を探るが、まるで元々そうであったように綺麗に経年劣化している。繋ぎ目のようなものもない。

 ただの思い込み。長い時間を経て捏造が起こったのか。いや、そんなはずはない。今のいままで忘れていたが、廃工場の構造は記憶通りだった。なら、そこだけが違うなどという事はあり得ない。

 俺は動揺した。小部屋に続くであろう壁に耳を擦り付け、手でノックする。空間が連続しているなら、反響が届くはずだ。しかし、伝わったのは硬い感触。音も響くことはなかった。

 徐に腰元のナイフを抜き取った。その柄で激しく殴りつけた。振動が足りない。そう思ったのだ。それは響いた。だが、壁の奥ではなく、一帯の空間だった。

 怪しかった。手がかりがあるような気がしていた。何せ、隠されているのだ。今更、朽ち落ちた工場の壁を修繕する者があろうか。常識的にない。壊されることはあれど、作られることはないはずなのだ。

 「クソッ——!」

 キンと甲高い音が鳴った。八つ当たりだった。限りなく力の込もったナイフが地面とぶつかり、床を滑って暗闇の中へ消えた。探せば出てくるだろうが、そうする気力は沸かなかった。

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