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百五十二記_廃工場探索①

 ——ニ〇ニ四年、七月十四日、早朝

 …よし

 俺は前夜に用意した装備を確認する。長縄、吊り下げ可能な手のひらサイズの懐中電灯、メモ帳、作業用グローブ、サバイバルナイフ、スタンガン、携帯食。廃工場は五十年近い月日が経っており、かなりすさんでいる。それに暗い。だから縄と懐中電灯は必要だ。メモ帳は内部構造の把握、サバイバルナイフは探索においては万能だろう。スタンガンはもしものためだった。何かと会敵した際には行動不能にして逃げおおせる。そういう算段だ。ちなみに年齢的に買うことが出来ず、防犯として家に置かれていたものを拝借している。

 格好は動きやすくカジュアルな運動着、下には肌を隠すためインナーを着用。上着は襟の高いモード系のパーカー。色は黒。これは襟を立ててボタンを止め、フードを被ると目以外は隠せるという優れものだ。

 重要なのは街中にいても不思議ではないことと、機動性を重視すること。それに暗闇に身を紛らせることだ。その要点で構築するとこのような格好となった。

 …親には一日出かけると言ってある

『どこに』とか『何しに行くの』とか、込み入った事情に踏み込んでこないのが親のいい所だ。『期間』さえ伝えておけば、それ以上の追求はない。

 …五時七分

 玄関に移動した俺は腕のスマートウォッチに目をやる。それから靴を履き、用具が一式入ったリュックを背負うと俺は玄関の扉に手をかけた。光を浴び、思わずその場で伸びをする。その時、ふぅ…と自然に息をついた。全身の筋肉が弛緩し、朝特有の気だるさが霧散する。

 数度の瞬きの後、視界が安定。すると何処か色彩を欠いた風景が瞼に映った。

 …別の世界、みたいだな

 いつもと同じ感想を抱く。用がない時は体力作りのランニングをよく行なっていた。早朝にみるこの景色を俺はどことなく気に入っていた。人の喧騒が静まる僅かな時間。それは日々のしがらみからの開放感を抱かせる。日頃、他人の目を気にしがちだからかもしれない。

 …さぁ、行くぞ

 己を鼓舞する。心地よい感覚だが、浸っている暇はない。何のために早起きしたのか。そう、なるべく人の目に触れないためだ。

 俺は改めて目的を確認すると廃工場へ向かって歩き出した。


 …ついた

 新が住んでいる住宅地を経由してさらに奥へ。大通りを避け、細い路地や住居の間を抜けて俺はそこに至っていた。大通りを避けたのは監視カメラへの警戒のためだ。

 ここは小さい時よく遊んだあの公園に近しい。故に近隣の住宅街で鬼ごっこをしたこともある。この辺りは公園の延長で子供達には『遊び場認定』されていた。故に複雑に入り組んだ街区であっても土地勘があったのだ。

 目の前には黄色い規制線が十字に貼られ、出入りを禁じていた。

 …なるほど、警察の手はもう入っている訳か

 少し草臥くたびれたそれは比較的最近のものだろう。まだ擦れも少ないし、雨風の侵食も強くは受けていないように思われた。それを示すように内側に広がる敷地内の雑草は刈られていた。数ヶ月前、通りかかった時には身の丈以上もある雑草が繁茂していたはずだ。

 ふと上を仰ぐと年月を経て寂れた建造物が暗く影を落としていた。所々ひび割れていたり、露出した柱がなくなっていたりと散々だが、蔓や蔦がそれを支えている。一帯はすでに住宅街と化しており、ずいぶん前の町工場犇ひしめく様子を残すのはこの寂れた場所だけだ。

 …よいっと

 俺は感傷に駆られながらも近辺に人がいないことを確認してから工場跡地と足を踏み入れた。即座に入り口から見えない位置に移動すると一息つく。とりあえずは潜入成功だ。

 …ナイフ、ライト、メモ帳

 俺は腰回りの装備や必需品の状態や場所を手探りで確認し、廃工場の周りを探る事としたが…生憎、これはすぐに終わった。辺りには大きな幹を携える木々の枝葉が重なり、暗所を作っていたが、雑草は刈られていた。だから、見やすかったのだ。それとなく気になった所は凝視したが、ただの勘違いだった。そういった事を繰り返すうちに周りを一周してしまい、いつの間にか出入り口である門まで戻ってきていた。

 …それもそうか

 俺は何の成果も得られないことに納得していた。これほど探索しやすいのなら、仮に証拠が残っているにしても隠蔽なり、持ち去ることは容易いだろう。推測の域をでないが、状況的に警察は新の失踪を『都合が悪い』と解釈している節がある。それなら証拠の一つ残すまい。

 …本命はこっちだ

 目の前には植物に半ば飲み込まれている廃工場。侵入は容易だ。枠だけを残す窓に、朽ちて開け放しになっている扉。どこからでも入ることができる。俺は工場の門構えを始点として周りを半周。暗がりまで歩いて行くとそこで立ち止まる。ジャケットのフードを深く被り、襟を立て付属するボタンで固定すると、俺は口元は覆われ、目元だけが露出している形となる。

 気持ちばかりの隠蔽工作だった。

 そうして近くの扉から俺は廃工場の中へと足を踏み入れた。

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