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百五十一記_山神新行方不明事件②

 「…これは?」

 「こいつが公安が現場に急行した理由。正確には現地の調査員の手では追えなくなった訳だ。無線によると山神新は監視対象であると同時に護衛対象でもあったわけだな。この無線は警察が住宅街広域規制を行う少し前のもんだ。近くに張っていた調査員は全て()()()に殺されたんだろう」

 …それで一時的に山神新は監視網から抜けた

 その間に連れ去られたか、姿を消したわけだ。合点がいく。おそらくこれ以降の彼の行方を警察は把握していないのだろう。

 おれは徐に山本にプリントアウトしてもらった資料に手を伸ばす。経歴を見るも山神新本人に不審な点はない。昔馴染みという安藤業平という少年もだ。しかし、刈谷歩夢。そしてシャーロットを名乗る世話係にはそれがあった。

 「なぁ、山本。この二人これ以前の記録はないのか」

 二人とも二〇一一年以前の情報が一切ないのだ。まず、外国で育ったのかと疑ったが…それはない。渡航歴が残るはずだ。山本が記さないはずがない。なら…密航者か。俺は即座に考えを切り捨てる。それなら、日本国籍を持つことが限りなく難しい。

 …朝鮮人のような成り替わりか

 「俺もその辺はさっぱりだ。あの二人はそこだけ齧り取られたみてえに穴が空いてる。表向きの体裁は整えられていたが、『ONE』の方だと伽藍堂がらんどうだ」

 おれが資料のページを行ったり来たりしていると山本は手をかざしながらそう口にする。

 『ONE』というのは警察の持つ独自の秘匿ネットワークのことだ。おれも山本も組織の中でそれなりの地位につけていることから管理権限が与えられていた。最もおれは先の『老虎蛇』の件で干されてから権限は剥奪されているのだが。山本は解析屋。ともすれば、与えられた権限を入り口にしてより深層に踏み込んだのかもしれない。

 目をやると手持ち無沙汰だったのか、彼は無精髭を弄っていた。おれの視線に気づくとそれをやめて自慢げな笑みを浮かべる。何か重要な情報を掴んでいるのだろうか。

 「それでなあ、興味本位で調べてみたんだが…なんと三万人だ」

 …?

 おれはその数値が何を示すのか、すぐには思い至らなかった。しかし、ふと山本から視線を逸らしたと瞬間、得心した。同じケースだ。刈谷歩夢やシャーロットのように経歴がポカリと空いている国民の総数。

 「いつからだ」

 「始まりは二〇一一〜二〇一四年の間。とんでニ〇二一年から今日日までは継続的」

 …杜撰ずさんすぎる

 おれは報告を聞いて唖然とした。移民に消極的な我が国においてこの数は異常だ。いや、それも違う。期間が集中しているということはそこで何かが起こっているのだ。

 その時、おれの脳裏で微かな映像がチラついた。俺はそれとなく見ていた資料のページを逆行し、ある所に行き着く。

 山本が口にした期間と一致した事象があった。刈谷歩夢のこの国における最古の記録と死した年。それと移民の増加に相関性があった。

 「山本、これは偶然か」

 返ってきたのは「さあ」という一言だった。

 「俺もそこまでは追えてない。何せ情報がないからな。移民に繋がる何らかの事象も特定できない。そもそも移民がどこからやってきたのかも不明。ただ奇異なことに移民のほぼが日本人的顔立ちをしていた。…さ、どっから沸いてきたのか」

 彼は机の上に肘を立てて頬杖をつき、難しい顔をする。完全に手詰まりといった様子だった。その時、彼は上を向いて目を見開いた。

 「…っ。思ったより時間が経っちまった」

 山本の視線の先には壁掛け時計があった。時刻は十七時。彼が来たのが十四時前。すでに三時間近くが経っていた。

 「悪い、三宅。データは…少し待っててくれ。すぐにコピーする」

 彼は慌てたように動き始め、プリンターの近くに置いたままになっていたリュックに手をかける。すぐさまUSBを取り出すと、パソコンへと差し込む。

 山本は再び席に着くと、貧乏ゆすりを始めた。彼が先に言った通り『長居は危険』だ。おれは今、謹慎中の身。あまり現職の人間と関わりを持つのは好ましくない。

 そこでおれは気掛かりを覚えた。現職=公安部と脳裏で置換された結果だった。

 「…山本、公総と外四は何を追っていたんだ?」

 他課と合同となると大きな事案。それこそ革マルや反日武装戦線、後はオウム。昭和の時代に絶世を極めた過激派と同じ規模の何かが台頭してきているのか。

 それはこの事件の範囲ではない。組織として今、何を重要視しているかという質問だった。

 「…事件の全容とともに秘匿されている。ただ二〇ニ一年の春くらいか。目ぼしい人材が色んな課から()()()と噂が流れたことがある。お前が丁度、『老虎蛇』で潜行している時の話だ」

 山本は口に手を添えて、考え込むような仕草をしてから、言葉を紡いだ。

 この事件との関連性は高い。何せ期間が被るのだ。移民…避難民。さて、どちらかは分からないが、経歴が穴あきの人々の移住増加の時とも重なる。もしかしたら、何らかの組織はそこで肥大したのかもしれない。公安が調査員の拡充を強いられるほどに。

 「…あ」

 僅かなしじまの後、彼がポツリと呟いた。山本は腕を組み、眉間に皺を寄せて唸るような声をあげる。片目を瞑り、頭を捻る。頭の片隅に何かが掠めたのかもしれない。

 しばらくして、山本はハッとして顔をして口元から覗く舌をぬるりと動かす。

 「L班。そうだ、『対L班』。組織は『RI』。間違いない。ほぼの通信ではぼかされていたが、時折、そんな言葉が紛れていた。『L』と『RI』は隠語だろうが…すまないな、三宅」

 曰く、それは『山神新行方不明事件』とは別件で聞いた言葉だという。警察組織を監視するのも公安の立派な仕事だ。獅子心中の虫ともなれば、捜査内容は敵対組織に筒抜けになってしまう。それを防止するために定期的に行われる味方の通信傍受。その折に聞いた比較的新しい略称とのことだった。

 「いや、とんでもない。きっと役に立つ」

 おれは首を横に振りながら、中腰となって彼の肩を叩く。

 その後、データのコピーを終えたことを確認した山本は「『対L班』と組織『RI』を重点的に追う」こととなり、秘密会議は終止を迎えた。

 「悪いな、山本。個人的な用事に付き合わせて」

 玄関口で彼に声をかける。俺がこれからやることはもしかしたら、警察組織を追われるような事態を招くかもしれない。正直、個人としては今日来てくれるとさえ思っていなかったのだ。

 「三宅、お前がそんな事を言うな。俺はな、お前がいなきゃとっくの前に公安を追われて、所轄行き…もしかしたら、警察すら追われていたかもしれない。今も警視庁公安部総務課でシギント出来るのはお前のおかげだ。あの時…俺が相手のクラッキングを止められなかったあの時に、お前が敵組織のネット回線を物理的に破壊しなかったら…な」

 それはまた随分と昔の話だった。公安部に引き上げられた直後の潜行だった。おれは犯罪の証拠を得るための潜入だった。だが、国内の警視庁サーバーが同組織によってクラッキングされていることを知ったおれは、上司の静止を聞かずに敵組織のサーバーを単独で襲撃、破壊した。これによって警視庁内での株は上がったが、班内の信頼は損なった。若気の至りだ。などと考えたが、今も大して変わらないとおれは皮肉気に鼻を鳴らす。

 結局、おれは自身の正義を執行することにしか興味がないらしい。組織の暗黙を『実力』で持ってねじ伏せる。今までよく組織の中で曲がりなりにもやってこれたものだと自嘲する。

 …おれは所轄に送られるべくして送られる人材だったか

 「それじゃあな、三宅。何か分かったことがあったら、郵便を出す」

 「ああ」

 そして俺たちは別れた。

 その夜。山本がまとめてくれた資料に改めて目を通した。

 大きなことは以下三つ。

 一つ、『行方不明事件と時を同じくしてできた道路の破壊の修正。これを即座に行なったこと』

 おそらく初期に公安を襲った何者かによるものだろう。剛体を持つ公安職員を圧死させるなど並の筋力量ではない。怪人と言って差し支えもないほどだ。事件そのものを隠すために早急な工事が行われたということか。

 一つ、『外四、公総の合同部隊による捜査は当該街区の『精密部品工場跡地』を重点的に行われたこと』

 これは事件現場と見るのが妥当だろう。近日、足を運ぶのは必至だ。

 一つ、『山神新の携帯からの最後の発信は旧刈谷宅に位置すること』

 これは山神新が何らかの事件に巻き込まれた後、移動したことを示している。知り得ることがあったのか、連れて行かれたのか。それは定かではないが、調査は必須だろう。

 そして、気掛かりなことがもう一つ。

 謎の移住者の増減と同時期に来訪、没年を迎えた少女『刈谷歩夢』。

 謎の組織『RI』の襲撃を受けた可能性が高い少年『山神新』。

 …この二人と関わりの深い人物が一人

『安藤業平』。彼にも次なる危険が及ぶかもしれない。だが、おれには尾行にさく余力はなかった。何せ主要な調査員は俺だけ。いざとなれば、山本も使えるが…あいつは情報畑の人間だ。

 …妥当なのは、周辺の防犯カメラからの情報の集積くらいか

 おれは急ぎで山本宛の文書を認めると、何人かの人を介して彼に届くよう手配する。直接の行動はなるべく少ない方がいいと考えての判断だった。

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