十五記_岬武具店①
「次は武器屋に行きます。明日から依頼をこなして行きたいので、今日中に揃えてしまいましょう」
武器を中心に扱う店は冒険者組合を正面とするとその右の区画に集中しているらしく組合の施設を横切る形で、別の出入り口から外に出る。
辺りはいつの間にか暗くなっていた。しかし、空は暗いとはいえ、地上はまだ明るい。大通りは依頼から帰った冒険者や仕事を終えた人々でごった返し、彼らを相手する露天や店で騒がしい。数多の軒先に灯るランタンが街を明るく照らしていた。
「ついてきてください」
呆然としていた俺に唐突の耳打ち。シャーロットさんはいうや否や、早足で露天商の軒が連なる一本道を駆けて行く。それに遅れないように半ば走りながら、人混みを縫って追いかける。シャーロットさんは何本目かの脇道を横切りしばらく進むと、歩速を緩めた。
「すみません、早歩きしてしまって…。露天商は手癖の悪い方もいるので、慣れるまでは使用は控えた方がいいですよ」
「はあ…、はぁ…。…はい」
何度か深呼吸をして息を整えると、返事して彼女の後ろについて歩く。
路地をいくつか経由して再度あの組合から続く一本道に顔を出す。だが、先ほどのように露店があるわけでもなく、街の活気を遠くから感じた。
「ここです」
窓から漏れる光によって照らされる壁から突き出るガラス看板が目に入った。
カランッ、カランッ♪
見上げていると軽快な呼び鈴の音が鳴った。視線を移すと、シャーロットさんが店に入って行くところだった。
「おいおい。そんな華奢な女が来る店じゃねえぞ、ここは」
「私、シャーロットです」
「…んだ、紛らわしいな。なら入ってくる前に一言言えってんだ」
その店に入った時に聞こえたのはそんなやりとりだった。彼女が作られ、使われ始めたのが十七世紀だ。所有者が変われば容姿が変貌する。故に名がある種の『信用』になっているのだろう。支部長や武器屋、他にも伝手があってもおかしくはない。
そんなことを考えながら、開け放していたドアを閉めた。
「要件ですが、私はこの鎧の寸法を今の体に合わせていただいて…」
彼女は腰元にある革製の箱から一枚のトランプカードを取り出す。それを手近な卓上に置き、軽くカードを指で撫でると、黒バラの隷属者と戦ったときに着ていたであろう金属製の防具が顕現する。
「あいよ。姉ちゃーん、シャーロットの採寸頼むわ〜」
武器屋の店員は左手を口元に添えて、大きな声を響かせる。
「はいはい。そんなでかい声出さなくても聞こえるっての、店ん中なんだからさ」
店の奥の方から返事をしながら、女の人がこちらに歩いてくる。男勝りな喋り方に反して容姿が整っている。落ち着いた外見からは手先が器用そうに感じられる。来た方を見ると、店の右角で小物の取り扱いをしているのが分かった。おそらくそちらの担当なのだろう。
「話聞いてたよ〜。シャーロット随分可愛くなっちゃって」
「ええ、まあ」
「…そっちの男の趣味?」
その言葉に俺は苦笑いを浮かべる。言わば、自身の性癖の暴露である。あまりに恥ずかしさから視線を床に送った。
「あんた、名前は」
「山神です」
「やまがみ…山神。ああ、新くん!歩夢ちゃんの友達ね…あーね、そういうこと」
その人の興奮した上瞼がスッと下がり、口元が綻んだ。
「あ、あの香織。歩夢様は——」
「いーよ。いちいち言わなくて、シャーロットが変わったってことはそういうことでしょ」
香織と呼ばれた女性はシャーロットさんの肩に手をかける。そのままトンと軽く叩くと手を下ろした。
「それで。他にもあるんでしょ、用事」
先ほど彼女の話が途中だったことを覚えているようで、香織さんは話を引き戻す。
「そうでした。実は新さまの武具を見繕ってもらいたいのです。予算が心許ないのでオーダーメイドは出来ませんが」
「ほんじゃあ、少年も採寸だな」
いつの間にかカウンターから出てきていた弟さんが右腕を俺の首元に回してくる。姉弟でスキンシップが多いらしい。
「シャーロット、予算はどれくらい?」
その言葉に答えるようにシャーロットさんは先ほどのようにトランプカードを机の上に置くと今度は何か擦り切れる音と共に袋が現れる。平面に置かれてバランスが崩れたのか、袋の口が空き、宝石のようなものが転がり出た。
「分かってるじゃん。換金してない魔石の方が嬉しいのよ」
香織さんとシャーロットさんのやり取りの中で魔石というのはモンスターが体内に宿すものらしいという事が分かる。香織さんはその中の一つを手に取ると、天井からいくつも垂れ下がる照明の灯で照らし始めた。それを一つ一つ行うと袋にまとめて戻す。
「大体、全部で400ラピス。ここ十年くらい潜ってないにしては持ってたね」
「それくらいは。この世界に遅かれ早かれ戻ってくるのは分かっていましたから」
「手持ちはあるの」
「換金したラピス硬貨を別で持っています」
「どうする?今日遅いけど」
「明日には探索に向かいたいので、都合がよろしければ今日お願いします」
「オーケー、傑。ちゃっちゃかやっちゃうよ」
「はいよ。行くぞ、少年」
回されたままだった腕ごと引っ張られ、半ば無理やり奥の部屋に連れて行かれる。そこには金属製の全身鎧から甲冑、軽装備など防具がところ狭しと並んでいた。
「パーカーは脱げ。他はそのままでいい」
その時、店の方からシャーロットさんの悲鳴が聞こえた。
「っひぐっ!」
「ん〜。胸随分ちっちゃくなったねぇ。前のお姉さんって感じも良かったけど、今回のもなかなか」
「ねーちゃん、女の子揶揄うの好きなんだよ」
傑さん曰く、容姿の綺麗な女性冒険者がやってくると言葉巧みに採寸に誘導。今回のようになるらしい。しかし、出来上がるのは一級品。熟練の冒険者も贔屓にしていると教えてくれた。客単価が高いから、一日に二、三人客が入ってくれば余裕で利益が出るそうだ。
採寸を終えた俺はそんな『お店ならでは』の話を聞きながら、防具を試していく。シャーロットさんの嬌声が響いている時は気が気ではなかった。次第にそれが落ち着くとやっと防具の選定に全意識を向けられるようになった。
傑さんは、もうあの異様な状況には慣れているようで時々響く嬌声を気にする事なく、手際よく仕事をしていた。




