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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
シャーロック・インシデント/第一幕_彼と少女と少年と
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百四十八記_浮上

 ——ニ〇ニ四年、七月九日、火曜日

 俺は先生の助言を元に聞き込みに走る日々を送り始めた。学校以外の時間は全て投じた。正直、学校も休みたいほどだったが、それは難しい。俺はあくまで高校生だ。親の目もある。

 制限的自由。俺が持っているのは世間が『そうあれかし』と定めた高校生像を体現した上で獲得できる自由。あまりにも力が弱かった。

 「ナリさ、今日買い物行かない?そろそろ秋服が始めるじゃん…」

 「悪い!亜希ちゃん、また今度!」

 放課後になって話しかけてくる友達に両手を合わせて軽口で断り、足早に教室を後にする。

 …今日は二十六番地

 直後に設定していたリマインダーが鳴る。番地ごとに三日を費やし、情報を集めるのが最近の捜査方針だ。始めはネットの掲示板やSNSサービスでも情報提供を呼びかけていたが、真偽の判別に難儀し早々にやめた。膨大な情報を精査する時間を考えると足を使った方が早いという結論だった。少なくとも個人でやるには割りが悪い。

 一度家に帰り、支度を済ませると俺は今日の目的地へと自転車を漕ぎ出した。


 モダン造りの建物によく馴染んだシックな扉。手を伸ばすとカランと心地の良い呼び鈴の音が響く。そこは個人経営のこじんまりとした喫茶店だった。

 「すいません。今ちょっとお時間いいですか」

 聞くことは当然、六月十七日の夕方〜夜について。こういう個人店の場合、店員が朝から晩まで店にいることが多い。だから、周辺のことを事細かに語れることが多いのだ。

 それはここ一週間の聞き込みで学んだことだった。

 「六月十七日ねえ。…月曜日か」

 店主は作業しながら、横目でカレンダーを見る。口の細いケトルで弧を描くようにお湯を注ぎ入れるとそれを置いた。俺が注文したコーヒーだ。

 「友達が行方不明ね…。それ、警察には言ったの?」

 「…。あそ、警察が動かないから自分で。大事なんだね、ご友人」

 事情を話しながら会話を進める。まずは知ってもらって相手に話してもらえる雰囲気を作る事が重要だ。

 「はい、キリマンジャロ。残念だけど、この日は店空けてたんだよ。買い出しでね、ちょっと沖縄まで」

 「沖縄、ですか」

 「うん。沖縄って気候が熱帯寄りでしょ。だから、コーヒー豆の栽培もアツかったりするんだよ。それで店で提供できないかなって行ってたわけ」

 ちょび髭を生やした陽気な店主は重たそうな麻袋を持って行ったり来たりしながらも好意的に接してくれる。

 「またね、この辺の知り合いにも声かけとくよ。電話番号控えてもいい?」

 支払いの際に提案され、俺は頷きを返す。番号を伝えると店を出た。

 

 さらに四日が経った。公園に子供とよく通うというお母さん。近隣の八百屋に団子屋。歯医者に整体院。街角の煙草屋。近くに住むという小学生やご老人。なりふり構わずだった。

 結果は上々だ。やはり、警察沙汰ともなると自然と記憶には刻まれるようで有力な情報が着実に集まっていた。部屋の机にはこれまでの調査をメモした紙の束が散乱し、壁には新の住んでいた周辺の地図がいくつかに分かれて貼られている。それは書き込みやポストイットで俺以外には何がなんだか見当もつかない代物と化していた。

 まとめるとこうだ。


 『規制は広域で行われていた』


 一帯の住民の話によると警察の規制線が張られた位置がまちまちだった。俺が見ていたのはその一端というわけだ。証言を元に地図に赤印をつけていくと丁度、当該区全体を覆っている事が分かった。

 警察が訪ねてきて『危ないから家の中にいてください』と忠告を受けたという人もいる。これから多くの人の目から逃れそうとしていたことが類推できる。

 『配備された警察車両には『警視庁』と印字されていた』

 そして…

 『スーツや私服で駆けつけた警察官の腕章には『外四』、『公総』と書かれていた』

 そもそもここは千葉県で管轄は千葉県警。現場に急行するのは本来、彼らだ。しかし、実際に動いたのは『警視庁』。…つまりは東京都を管轄とする警察組織だ。まあ、これだけなら県警が応援を呼んだ可能性も捨てきれない。

 問題は複数の警官と思しき人物が『外四そとよん』、そして『公総』と銘打たれた腕章を着用していたことだ。調べると『外四』=『公安外事四課』、『公総』=『公安総務課』である事が分かった。

 警察のホームページによると公安でこの区分けをしているのは警視庁のみであり、俺はこれから『協力』ではなく『介入』だったと確信に至った。

 『外四』は国内外の過激派やテロ組織、『公総』は共産主義を始めとする過激派予備軍を摘発する組織。これには公安の中でも指折りの実力者が在籍するらしい。

 導き出されたのは新の失踪は『国内外のテロ、もしくは過激派組織が絡んでいるかもしれない』ということだった。担任の先生が見たという『スモークの濃い車』、加えて根岸先生の筋読み、それを裏付ける結果となった。

 さらなる興味深い証言は…

 『警察が規制を実施する少し前、住宅街で金属がぶつかるような甲高い音を聞いた』

 これを聞いていたのはごく少数。方角まで答えられる人はさらに絞られた。

 ただ、これには『個人経営の店は周囲の情報を明確に答えられることが多い』という経験則が功を奏した。

 …それで聞いた方角に線を引くと

 運がいいことにこの証言は方々の人々が語ってくれた。

 赤いボールペンで定規を緻密に調節し、線を重ねていく。するとおおよそ一点でそれは交わった。

 …廃工場跡地

 昭和末期に閉ざされた精密機械部品製造工場。未だ何処の人の私有地で買い手が付かないまま風化だけが進んでいた。風が強い日は時折、薄らとした鉄錆の臭いが飛んでくる…この辺りでは『幽霊が出る』ともされ、住民に気味悪がられている所だ。

 …状況証拠は抜群だ。調べてみる価値はある

 コンッ、コンッ。

 その時、部屋と廊下を隔てるドアがノックされた。ふと壁掛け時計を見ると時刻はすでに夜八時を回っていた。

 「業平〜、ご飯」

 「はーい」

 母は扉を開けずに用件だけ伝えると足音と共に去っていった。俺は捜査資料を軽く纏めると後を追うように階下へと降りた。


 「いただきます」

 テーブルにつくと母がいつものようにテレビのリモコンをつける。

 夕食は白米、味噌汁、銀鮭にキャベツの千切りと塩昆布の和物。…どうやら、今日は『和』テイストのようだ。

 チャンネルがカチカチと切り替わりしばらくすると、母さんはリモコンを置く。写っていたのはバラエティ番組だった。俺は耳で聞き流しながら食事を進める。早く部屋に戻って『廃工場探索』の段取りを付けたくて仕方なかった。

 「あ、そういやあんた。最近、忙しそうにしてるわよね」

 何度目かのCMに入ったタイミングで母さんの注意がこちらを向く。

 「まあ…。ほら、そろそろ期末テストも近いから」

 はぐらかす。実際は新捜索に時間の大半を充てている。ただその事を口にはしない。

 母さんは俺が新に執着していることを知らない。あくまで友達の一人程度の認識だ。学校側もアイツが消えたことを保護者に秘匿し続けている。

 それに実の息子が危険なことに首を突っ込んでいることを知られたら、今までのように動けなくなるのは必至だ。

 「そ。なんかあった時のための親なんだからね。…あんたは昔から何でも出来て手がからない子だけど。たまには私に『親』やらせなさいよ」

 母さんはいつの間にか夕食を終えていたようで席を引くと食器を持って流しへと歩いていく。

 その時、喉の奥に言いようもない違和感を覚える。それを飲み込むようにして喉を鳴らすも謎のつっかえは消えることはなかった。おそらく心理性のものだろう。経験がある。

 …良心の呵責か

 天を仰ぎ見るとLEDの光が瞳を差し、目を細める。

 新と違って親は死んでないし、完全に放任主義というわけでもない。必要な時は相談に乗ってくれるし、俺の機微によく気づく。すでに何らかを察していても不思議ではない。その上である程度は目を瞑ってくれているのだ。

 無許可で俺の部屋に入ってくることもない。勿体なほどのいい親だ。

 …悪い。母さん、父さん

 『語らない』。それが今の両親への甘えだった。彼らが与えてくれるほどほどの主体性を悪用し、裏切っているようで気が引けるが、俺はそこまでしてでもアイツを見つけ出したかった。

 帰って来られないのなら連れ戻すし、戻らないのであれば事情を知りたい。何より新の顔がもう一度見たかった。歩夢ちゃんの時のようにいつの間にかはもう勘弁だ。

 …揺るぎないな。俺の決意は

 改めて認識する。すると喉元のわだかまりは少しずつこぼれ落ちていった。

 「ご馳走様」

 手を合わせると自分の分の食器を洗って、すぐさま部屋へと上がっていく。扉を閉めるとテレビの残響もなくなった。

 …よし

 俺は気を引き締めると早速、探索準備に取り掛かった。

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