百四十五記_サイレンス
新が行方知れずになってからは出来ることを思いついては実行する…その繰り返しだった。県警の相談窓口に行ったり、新の叔母の家を尋ねたり。もっともこちらはほぼ無駄足だった。新の消息が途絶えたことはそれとなく知り得ている様子だったが、彼女は我関せずという姿勢に徹していた。
『一人暮らしをしているから自分には関係ない』
言葉の節々からそう感じ取れた。
その人は政治家で、新自身は交通事故で両親を失った時『親戚の子供を引き取らない政治家』というレッテルを貼られないように引き取っただけなのではないか、とこれまでの対応から類推していた。
他の親類も「余裕がない」と引き取りを拒んだ結果だそうだ。
そもそも新に興味がなかったことは想像に難くない。自分の手元にあるうちに問題を起こさなければそれでいい。元から排他的な受け入れだったわけだ。
だから、当然と言えば当然の反応だった。俺もそれはよく知っていた。大きな邸宅に新がいないか確認するというのが鼻からの目的だったわけだが…。
…いないか
新の叔母の家を去る時、体裁からか、行方不明届は提出すると約束してくれた。
しばらくして俺は新の生活圏内で聞き込みを始めた。あいつが日頃出入りしている八百屋、隔週木曜にくるパン屋。ちょっといい事があった時によるケーキ屋。最近の新に気になることがなかったか、そう問うたが『いつも通り挨拶をしてくれる礼儀正しい青年だった』という情報しか得られなかった。
…なんの変化もなく、人が忽然と消えるなんてあり得るのか
先生を問い詰めても『山神新は体調不良』という言い分は一向に変わらない。家にいないのだから、ただの体調不良という事はあり得ないのだ。ともすれば、重大な病気にでも罹患したか。だが、これに関しては明確に『違う』という主張がなされた。
明らかな矛盾が生まれていた。
俺はこの日、改めて先生と相対していた。
ひたすらに沈黙が流れる。目の前の彼は依然として閉口していた。だが、その表情は苦悶の様相を醸していた。
先生もきっと分かってはいるのだ、自分が言っている事がおかしいということは。ただその上で言えない。知りたい俺と拒む先生。重たい空気が俺たちを覆っていた。
そのまましばらく。眼前の先生は根負けしたように息を吐いてから職員室全体を見回す。吊られて俺も視線を動かした。
…教員は疎ら。それに仕事してるか、喋ってるか。こちらに注意を向けている人はいない
先生もそれを確認したのか、顎に右手を添えて少し考える素振りをしてから呟き始めた。
「…いいか、安藤。前提として『私たちは何も聞かせれていない』。事情は知らないんだ、これは本当だ。ただ彼、山神くんから欠席連絡が入ったその翌日から『体調不良で通すように』と教頭先生からお達しがあった。訳が分からないが、私はそれに従っている状況だ。私から言えるのは——」
「何かがあったことは確実。そういうことですね」
それに先生はこくりと頷く。それ以上何も出てくることはない。『取り巻く状況が異常である』という事実が確証に変わっただけでも十二分に収穫だ。そう思って翻ったその時。
「安藤」
俺を呼び止める声がかかる。
「今、思い出したんだが…いつかは忘れた、けど最近だ。私の記憶も確かじゃない。夜だった。学校から帰る時裏手に変な車が止めてあったのを見た。スモーク…ガラスの色が異様なほど黒かった。何か関係があるかもしれない」
「ありがとうございます、先生」
今度こそ礼を告げ、俺は職員室を後にした。