百四十三記_破滅の先に
「なんか悪い…バロン。大変なのに門まで来てもらって」
「君、自分がこの都市の『英雄』だってこと忘れてないかい?」
彼は剽軽な調子で俺を指差しながらいう。それは事実だった。俺はこの都市で英雄に祭り上げられた。王宮より助けられた国王に名誉騎士の授与、俺たちを含む都市外からの冒険者には永住権が与えられたほどだ。
「…俺は美味しい所を持っていっただけだよ。頑張ったのはレジスタンスとバロンだ」
「まあ、余程神々しく感じられたのではないでしょうか。王家に伝わる鎧に、漆黒の中に瞬く白き炎。まるで物語の英雄でしょう。詩人が語り継ぐに相応しい。ですよね、兄さん?」
俺とバロンの中に割って入ったのは何を隠そう、陛下その人だった。色素の薄い絹のような髪に琥珀の瞳。彼とは似ても似つかないが、実弟だという。
サイタス大臣の最後の意地か、彼と執務室だけは崩壊したアガルタ王宮の中でも黒バラの蔓で丸く包まれ守られていた。すぐに王は助け出され今では体力も回復し、この通りだ。
「アルフレッド。何で君が居るんだい?執務は」
「王宮を飛び出した兄さんに言われる所以はありません。それに民が英雄と崇めている方を王が見送らないなど後で民衆の不満を買いますよ。案外、人情にうるさいですからね。…それと山神さんちょっとよろしいですか」
王は俺の耳元に近づいて耳打ちする。
(…やっぱりイブさんは連れていった方が安心かと)
目端で見るととうの本人は何知らぬ顔でぽけっとしている。元は彼女をこれからの旅の危険性を考えて置いて行くはずだった。それは彼女の育てであるアルバートに頼まれた事でもある。
しかし、状況が変わった。アガルタの独立性が崩壊したからだ。
「どこもロサには手を焼いているみたいです。『活動を表面化させないのが手一杯だ』と、どこの統治者も仰っていました。遠回しに聞いてみましたが、人攫いの一人を止めるには心許無いというのが今の各都市の見解です」
王は歯痒そうな顔をする。それもそうだろう。自身の都市の均衡が今まさに崩れようとしているのにそれを黙認せざるを得ないのだ。これからは水際対策に追われるだろう。
「あ、ウィリアムさん!」
王と共に頭を悩ませているとイブが声を発した。
「はーい、ウィリアムよ」
その人は戦斧を振り回していた人と酷似する。相変わらず格好は黒パンツに白シャツにベスト。曰く、職業柄その格好だと聞いている。
「イブちゃんがまた旅に出るって聞いてね。飛んできたのよ。これとこれ渡したくて」
彼が屈んで渡したのは一枚の名刺と『歪曲の紋章』。
「何かあったら、また来なさいな」
(お兄ちゃんとお姉ちゃんに言えないことあったら、悩みも聞くわ)
「うん!ありがと」
最後の呟きは聞こえなかったが、イブはパッと顔を明るくして返事をする。彼女は自分のカードホルダーにそれをしまうと頃合いが良いと思い俺は別れの言葉を紡ぎ始めた。
「アルフレッド陛下、バロン、ウィリアムさん。それでは、この辺でお暇します」
「いってらっしゃい」
「いつでもお越しください。国を挙げて歓迎いたします」
「それじゃ…え」
バロンがこちら側に押し出された。不意なそれを耐えながら、彼は後ろを振り向く。犯人は明らかだった。ガルシア陛下だ。
「兄さん、心配が顔に出ていますよ。兄さんがこの国に残ろうとするのは分かっていました。…山神さんへの報告もありましたが、本命はこっちです」
「…僕は」
バロンが何か話そうとするが、それを遮るように国王は捲し立てる。
「『都市の復興のために残る』、『そもそもすぐに駆けつけていたら』そんなものは聞きませんよ。アガルタは貴方無しでもやって行けます。これまでもそうやってきた。ロサに侵食されるのは時間の問題でした。引き金が何かの違いでしかありません」
客観の部分と私情の部分とか混在した主張。伝えたいことが先走り、それが胸の内でチグハグになっているのだろうか。王は畳み掛けるように再び口を開く。
「貴方にまだ騎士の自覚が微塵でもあるなら、とっとと黒バラを倒してそれから復興を手伝ってください。街の完全復興には二十年はかかります。滅亡を乗り越えなければ、街の復興は成し得ない…」
続く言葉をバロンが片手を突き出して静止する。
「君は、どうも僕に居られるのが我慢ならないらしいね。いいよ、出てくよ。そこまで言うなら。望み通り、黒バラを討伐してこようじゃないか」
売り言葉に買い言葉。バロンは『こっちから願い下げだ』とでも言うように手で嫌なものを掃くようなジャスチャーと共にこちらに歩いてくる。
(バロン、分かってるわよね)
(ああ、アルフレッドの中じゃ俺は好き勝手暴れてるあの頃のまんま何だろ)
ウィリアムさんと何やら言の葉を交わしてから俺たちの元に来る。
「なぁ、いいのかよ。バロン。兄弟は仲良くしたほうが…」
楠木が引き止めるように声をかける。しかし、何でもないように彼は答える。
「アルフレッドと僕はこれくらいが丁度いいのさ。十数年前、王宮を出た時もそうだった」
「お前がそうなら、俺からは何も言わねえけどよ」
俺は会釈を、シャーロットさんは振り返って礼をし、アガルタの水道橋に歩を踏み出した。
橋の上を歩いていると先を行っていたバロンが歩を緩めて隣に来る。
「新くん、そしてシャーロット・ローレンス。中層域の下の方は十年前とはまるっきり違う。特に現生帝国の辺りはね。僭越ながら、僕が案内人として手引きとなろう」
その言葉にシャーロットさんがほんの少し頬を赤く染める。
「…バロンさん、初めから分かっていて私のことを『シャーロットちゃん』などと——」
それは長老からすると少し気恥ずかしかったようだった。
* * *
——都市アガルタ、城門『ドヴェルグ』
「…いいの、お兄さん行っちゃったけど」
橋の上で小さくなっていく冒険者を見据えながら、隣のアルフレッドに向かって呟く。
「いいのです。きっとここで燻っていて世界が滅んだとしたらその瞬間、兄さんは後悔に苛まれるでしょう」
アルフレッドは身を翻す。これ以上は何もないと言うように。しかし、その身はある一言で止まる。
「私、建前を聞きたい訳じゃないんだけど。アルフレッド」
名を呼ばれたその人は口元に綻びを見せる。それは国王としてではなくアルフレッドという青年の顔だった。
「きっと気に食わなかったんだ、今の兄さんが。僕は兄さんにはもっと好き勝手にしててほしい。理想のままに駆けてほしい。僕はそういう兄さんが好きなんだ」
それを聞いたウィリアムが含み笑いをして、彼の頭に手を乗せる。
「なんだ、貴方も変わらずブラコンなのね」
交錯する視線。その後にアルフレッドが右手でゆっくりと手を退かし、口元を結び、代わりにウィリアムの肩に…は届かなかったので上腕に手を添わせる。
「さあ、ウィリアムさん。貴方の仕事は山積みですよ。実は、アガルタを開国して冒険者の街としての機能を持たせようと思っているのです」
「あら、じゃあこれから商談と行きましょう。ガルシア陛下」
そうして二人は復興の最中の街へと溶け込んでいく。王の胸中はやる気に満ちていた。サイラス左大臣がやろうとしたことは間違いではない。…仮にやり方が間違っていたとしても。
…彼の理想は私が継ごう
より良き都市に。いつか訪れると予期された取り返しのつかない格差とやらに治世で持って抗ってやろう。幸い、その仕組みを作るには今ほどの好機はない。
よくも悪くも今、この都市は再び何者でも無くなったのだから。
独立都市としての存在証明を失った都市アガルタがこの先どのような発展を迎えるのか、それは未だ誰も知らない。
ども、作者Kです。
紆余曲折ありましたが、第二巻完結です。
自転車操業のハードコアスケジュールは駄目だと今回学びました…。
今後はちゃんと作りきってから投稿していこうかと思います。
(まあ、逃げずに作りきったのは偉いと自分を褒めつつ…)
閑話休題。
紋章都市ラビュリントス『永世中立都市アガルタ』は如何だったでしょうか。
お楽しみ頂けたなら幸いです。
一巻の時ほど書くこともないので、事務連絡だけ。
次巻の更新は夏(7〜8月)頃です。
この作品少しでも気になる方いらっしゃったら、ブックマークか作者のツイッターのフォロー推奨です。
多分、夏にはこの作品埋れてます…。
次巻は2.5巻と銘打って山神新の実世界の友『安藤業平』がいかにして異界『ラビリンス』に辿り着き、アキレス・キッドと呼ばれるようになったのか。その辺りを掘り下げていけたらと思っています。
表題はまだ仮ですが『シャーロック・インシデンド』になるかなと…。
ではでは〜ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
また夏頃にお会いしましょう。