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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第四幕_アガルタ解放戦線
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百四十記_変わり果てた願望

 …やっぱり

 隷属者を相手取りながら、大樹に迫ることしばらく。それは動き始めた。自らに近づく敵の存在を察知したのだろう。生物で防衛本能を持っていないものなどいない。それは当然の摂理だ。再び蕾が芽吹き、光線の乱射が始まる——。

 予測する視覚に映るは数多の直線。安全地帯を即時判断し、指示を飛ばす。

 「回避方向、一時。二時と十時方向の蕾を切り落として!」

 俺自身は最も遠い三時方向へ駆け出し、こちらに標準を合わせようともたげる花弁を根本から切り裂く。発される光の粒子は『文明を破壊する力』を持つため物理的防御は不可避だが、それが起こる前なら問題ない。オリバーは大剣とシャーロットさんは盾と細剣、アキレスは二丁のGANDに刃をつけた銃剣のような得物でもって蕾を両断。

 俺は自らの指示によって生み出した間隙かんげきに移動し、明確な位置を仲間に伝える。同様に花を刈った彼らは俺の元に集まった直後。別の蕾に光が集散し、辺りには無垢な砂の山が築かれる。

 これの繰り返し。当然、大樹に近づくほどに難度は上がる。花を携えた蔓は多くなり、遮蔽しゃへい物は攻撃ごとに少なくなる。紋章による魔術的な防御も手数で封殺される。それだけでも大変だが、一際問題なのはあの大樹。頂点にそびえる蕾まで少なく見積もっても六十メートルはある。

 …さてどうやって頂上に行くか

 王宮の残骸を踏み越え、怪物の胴に当たる部分…地上二十メートル付近までは造作もない。

 だがそれ以上が問題だ。『Ace of spades』を使っても良いところ十メートルの飛躍。蔓を足場にするか。いや、それもダメだ。相手に読まれて仕舞えば終わり。薙いだり、弾かれでもしたら溜まったものではない。それに詰みの状況も容易に想像できる。

 上まで行けるのは天文学的な確率だ。

 進みながら考えるも有効な策は浮かばない。立ち止まって観察し代替を思案したいが、それを状況が許さない。策が浮かぶ前に大樹の根本まで着いてしまい、案が実らないまま瓦礫を足掛かりに上へ上へと飛び上がる。一方が壁ということもあり、相手からは格好の的だ。一帯の蕾が俺たちの方を向き、光芒こうぼうまたたかせる。俺は炎の紋章によって生み出される炎を、オリバーは鎧の術式を用いて防御、埒外らちがいの二人は身のこなしだけで避け、断崖を登り切る。

 …彼らならどれだけ良かったか

 歯噛みする。天を貫く蕾には俺が行かねばならない。俺のイデアだけが明確に大臣の位置、つまりは核を視認できるからだ。幸い、王宮の上は巻きつく蔓で凹凸が激しいものの横幅があるため避けやすい。それに地上のみんなが奮戦しているからか、下にいた時よりも思考に余裕ができる。だが、出来たところで何だというのだ。焦りだけが募る。

 イデアに提示される予測を伝え、迎撃し続ける。しかし、有用な策は依然として浮かばない。

 『なぁ、『僕』。新しい力とやらは使えないのか!』

 『無理無理。あれは瞬間火力特化の力。使ったら君が動けなくなるし…それに遠すぎる』

 遠すぎる。それは核の位置だった。彼は花の胚珠の部分に存在していた。

 歯噛みする。ここまで来て、これだけの決死の陣を敷いて失敗など…いや、それ以上にこんなところで止まってはいられない。俺には黒バラを、ロザ・ペッカートゥムを滅ぼすという使命がある。感情だけが肥大する。

 行き場のないそれは舌打ちとなって消費された。その時、背中に強い衝撃を覚える。オリバーが背合わせになったのだ。わざとではない。彼は明確な意図を持ってそうしていた。

 「山神新。君に提示された未来は変わりますか」

 こんな時に何を、と思うが蔓を刈りながら応答する。

 「ああ、変わる。俺が予想し得ないこと、もしくは急激な変化っ!もしそんなことが起こればだけどっ!」

 俺たちが王宮の上にいることを怪物が認知したのか、蕾のないただの蔓が現れ、鞭のようにしなり襲いかかって来る。攻撃手段が増した。先までの光線に加え、物理攻撃への対処。体力も鑑みると近いうちに手に負えなくなる確かな感覚がある。

 「今すぐ、装備を外してください」

 「んなこと言っても…」

 「早く!」

 有無を言わさぬ叫び。俺は迎撃の最中、『集散の紋章』と唱え剣帯のみを残してインナー姿になる。すると前腕が光を帯びた。それは全身へと伝播し、白の粒子は霧散する。いつの間にか全身はあの鎧に覆われていた。王宮に伝わる黒騎士の鎧だ。

 …でも、オリバーは

 後ろに振り返ろうとしたその時——。

 「行ってください。それなら跳べるでしょう。君はただ命じるだけだ……と」

 背に重みを感じる。彼が倒れたのだ。すでに限界の体を鎧による加護で動かしていたのだろう。イデアによる未来は修正されている。不可能は今、った。

 俺は全霊を持って掛けながら、鎧の紋章を起動する。

 『Eques(エクエス) Agarthorum(アーガトゥロム) sum(サム).』

 (我は、アガルタの騎士である)

 黒い鎧が白く変貌へんぼうする。大樹の根本まで至るとみなぎ膂力りょりょくと共に飛び上がった。その動作を怪物が止めることは叶わない。逸脱した速さを蕾は捉えられず、蔓は追いきれずに絡み合う。

 その時、さらに速さが上がった。下を見るとオリバーを守る影が一つ。その銃口は俺を向いていた。アキレスによるダメ押しの身体能力強化。

 やがて至る頂点。俺は大剣を背から引き抜く。

 『僕!』

 『ああ、使うといい。椀飯おうばん振舞いだ』

 「憑依装着(ひょういそうちゃく)——絶火」

 まとうは滅びの白き炎。人が蓄積してきた滾るような憎悪の一欠片。それが右手に宿る『炎の紋章』から迸り鎧を、武器を覆う。宙で大剣を横に構えた俺はイデアを用いて大臣を見据える。

 「Ace of spades」

 限界突破の口上と共に足元から気流が発生。俺はそれを足場として怪物の蕾と戟突げきとつする。

 刹那の鋼鉄のように硬い感触の後、大剣の刃は砕くように蕾を裂いて行き…ついには心臓部を突き破って両断する。大樹は元の蔓になって急速な崩壊を始め、緩やかな螺旋を描きながら沈んでいく。それが俺に地上に降りる手段となった。地上に降り立ち、大樹を見やる。

 すると脳に声が響いた。

 『ありがとう、名も知らぬ若人』

 「別に褒められたことじゃないですよ」

 柔らかく幸福そうな老人の言葉に眉をひそめる。その呟きに答えは返ってこない。手にはただただ形容出来ない重鈍な感覚が残っていた。

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