十四記_冒険者組合
「はい、確認取れました。こちら、報酬金です」
「おう、ありがとな。姉ちゃん」
「相変わらず、しょっぺえな。あの料亭の依頼」
「まあまあ、依頼があるだけいいだろ、猪の討伐依頼のついでと思えば…」
「この依頼文見つけたの俺だ」
「いや、俺が先だった。よこせ、この野郎…!」
組合に踏み入れた時に聞こえたのはこうした数々の声だった。特に人だかりがあるのは依頼の手続きをすると思われる場所と、左壁にある掲示板前に雑多に設置された円机の辺りだ。情報共有や不平や罵倒による交友はどの世界でも同じらしい。人間の本質は変わらないのだから当然といえばそうなのだ。一説によると、人が言葉を発達させたのは『噂話』をするためだ、なんて話もある。しかし、聞いていてあまり心地よいものではなかった。
「今がちょうど、冒険者たちが依頼を終えて組合が賑わう時間帯なのです。多少うるさいのは、我慢してください」
シャーロットさんが周りの喧騒に配慮してか、耳元で話しかけてくる。生じる呼気にむず痒さを感じているといつの間にか彼女は眼前から消えていた。どうやら余韻に浸っていたようで辺りを見回すと受付に何やら聞いた後、掲示板の裏手に入っていくシャーロットさんの姿が目に入った。
慌てて追いつくと、二階へと通じる階段が現れる。それを登ると騒々しい一階と打って変わり、静寂が辺りを包み込む。人一人いない。まるで先ほどの喧騒が嘘のようだ。思わず俺は木製の柵越しに下を覗くが、以前として人がごった返している。
「物珍しいのは分かりますが、あまり離れないでください。タチの悪い冒険者に絡まれても知りませんよ」
幼子を窘めるような母を思わせる声が横から届く。目線を左に上げるとため息をつく彼女の後ろに長方形の扉があるのが見えた。呼ばれるままに近づくと、ドアには精緻な彫刻が施されていることが分かる。分割線の中央には獅子の頭部の形を模した金属製の金具があり、口元には金属製の輪っかを咥えていた。
ゴンッゴンッゴンッゴンッ!
すると、シャーロットさんが輪っかに手をかけ、扉に打ち付けるようにして重々しい音を四度打ち鳴らした。どうやらあの輪っかは呼び鈴のような役割を担っているらしい。
「支部長、シャーロットです!」
彼女は中に伝わるように凛々しい声を奮わせる。すぐに中から返事があり、扉が内側に開いた。現れたのは朗らかな表情を浮かべた老人だった。姿勢がよく、燕尾服がよく似合っている。老眼が進んでいるのか、片眼鏡をかけていた。
「下の者に聞き及んでいます。ギルドカードの手続きですね。今、紅茶をお持ちしますので、腰をかけてお待ちください」
促されるままソファの方に座る。
「シャーロットさん、ギルドカードって何ですか」
俺は彼女に耳打ちする。俺はこの世界の常識を知らない。シャーロットさんも元はこの世界の人だ。暗黙の了解で話を進められても困る。聞くべき所は聞かなければならない。
「まあ、そうですね。簡単に申しますと、この世界の『身分証』のようなものです」
「…なるほど」
それは確かに必要だ。今の俺は『住所不定の無職』。社会に属す以上、身分の証明は急務と言えよう。
「おや、お話中でしたか?少々間が悪かったかもしれませんな」
受付の人に伝えられた時から準備をしていたのか、ものの数分で紅茶と菓子を持って現れた老人はそう口にする。
「いえいえ、どうか気になさらぬよう。新さまに『ギルドカード』について少しばかり説明をしていただけにございます」
「そうでしたか。では始めましょうか」
支部長と呼ばれる老人は茶器をローテーブルの上に並べると自身のものに口をつける。そして一呼吸おいて話し始めた。
「…シャーロット様がいらっしゃったということは、歩夢ちゃんはもう…」
そう言って老人はもう一度紅茶を呷る。
「…ええ。三年ほど前に逝去されました」
シャーロットさんは手に持つティーカップをソーサーの上に置く。
「…三年ですか。それにしては随分と長居されましたね」
老人は俺の方へと視線を送る。すると「なるほど、彼が例の…」とまるで何かを知っているかのような素振りをする。シャーロットさんはその言葉に含まれる意味を読み取るかのように相槌を打った。
「ええ、そうです。急いでおりますので、至急、再発行を行なって頂く事はできますか」
一瞬、彼女も俺に視線を送りながら、老人に切り出す。どうやら今日は他の予定も立て込んでいるらしかった。
「わかりました。シャーロット様のギルドカード、それと新さま、ですね。聞き及んでおります。姓を伺ってもよろしいでしょうか」
やはり、老人は俺のことを何やら知っているようだった。「山神です」とそう答えると、明日の午後四時ごろギルドカードを取りに来るよう言い渡された。
「シャーロットさん、俺ちょっと窓口まで行ってきます」
丁度、冒険者組合を後にしようとしたその時。自分のギルドカードの手続きが為されていないことを思い出したのだ。やり取りはあくまでシャーロットさんの再発行に関するものだった。
俺は再び混み合う窓口へ行こうと身を翻す。その時、彼女に肩を軽く叩かれた。
「その必要はありませんよ、新さま。明日には支部長があなたの分も発行してくれるはずです、先ほど名前を聞かれたでしょう?」
…確かにそうだけど
「心配しなくとも大丈夫ですよ。あの御仁はそういう細やかな所まで気が配れるからあの立場にいるのです」
不安が表情に出ていたのか、彼女にそう諭された。
「次は武器屋に行きます。明日から依頼をこなして行きたいので、今日中に揃えてしまいましょう」
そう言ってシャーロットさんは息つく間もなく、歩き出した。




