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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第四幕_アガルタ解放戦線
138/191

百三十八記_怪物の生誕

 ——アガルタ王宮外

 …すぅ

 息が白くなって大気と混じる。

 イブが隷属者を引き付け、封じていてくれたためにどうにか対一戦闘に持ち込み、戦場の死を運ぶ者(ワルキューレ)は片付けることができた。彼女の戦闘経験の浅薄せんぱくさは楠木が追随、指示することで補っていた。彼曰く、元の戦闘系統が俺とシャーロットさんのそれによく似ているらしく土壇場でも合わせられたという。

 多くの隷属者を封印もしくは殺害した為、戦況はややレジスタンス側に傾いていた。元々、隷属者に遅れをとるような人たちではない。すでにあのトンネル付近に小さいながらも自陣を敷き、人員を補給にも回しているほどだ。トランシーバの通信からするに作戦は成功。先ほどシャーロットさんとバロンのやり取りが聞こえた。『法下の秩序(マグナ=カルタ)』の停止はしたらしい。

 仮初の、魔術的な灰にまみれた空をあおぎ見る。

 …内側からの景色は変わらないけど

 外側のそれは一転しているのだろう。偽りの平和は暴露され、今ここに全ては露見する。きっと外では騒ぎになっている。あちらからすれば、一瞬にして大都市一つが滅んだも同然だ。

 アガルタの異常に勘付きながらも中の様子が分からず、手を出せなかった隣国が介入し始めることだろう。あわよくば、崩壊したアガルタの利権に手を出す国も出てくるかもしれない。

 …俺が考えても詮の無いことか

 今せねばならないのはより多くの隷属者の封印。俺がやるべき事は変わらない。

 戦場に今一度、意識を戻し迫る隷属者へと一刀を放つ。

 人はその時々によって手を伸ばせる範囲に制約がつく。アガルタに来て多くの死の果てに掴んだ一つの解だった。

 …ならば、せめて届く範囲は全て救う

 人が死ぬ。その感覚、喪失感を抱かせないために多くを救う。実世界にいた時は根っからそう思っていた。だが、今はどうだ。この手が届く範囲しか救えないと知ってしまった。矮小になった物だと自身を嘲る。それでも俺は多くを救いたい。そういう救世の願望だけがいやしくもへばり付いている。おそらく自分が駆けてきた道を否定したくないのだ。もはや、歩夢の死を端緒たんしょにしたただの我儘エゴなのかもしれない。

 …それでも

 体はすでに疲れ切っている。十一体の死を運ぶ者に数多の隷属者の封印。行使した紋章は数知れず、イデアへの接続も少なくない。深傷はないが、満身創痍。そんな体を歪んだ願望だけが突き動かす。

 …救わねば、守らねば。

 そうせねば、許せない。彼女を見殺しにしてしまった自分を。

 無駄が削ぎ落とされた思考の中で俺は悟る。これまでの俺の行為が全てあがないだったことに。

 …だったら、どうする

 微睡まどろみのような感覚の中で深淵しんえんがぬっと口を開く。自身の核心へと至れる根拠もない確証が生まれる。このまま戦い続ければ、自らが「何者」になれば良いのか分かる気さえした。人生を賭けて問う問に到達できる確信があった。

 『新、山神新!戻ってこい』

 沈みゆく中、引っ張り上げられるように誰かの声が響く。

 『その先は覗いてはいけない』

 『僕』の声だった。刹那、俺の意識は内在する空間から引き摺り出され、表層へと帰還する。振り抜いた右腕に握る剣が一体の隷属者を封印していた。ぐるりと戦場を見やる。

 …アレ…?

 見渡す限り、氷漬けにされた隷属者。それも今までの比ではない。本当に自分がやったのか疑うほどの人数だ。防具を見ると各所に大きな傷が走り、両手に握る二本の剣には使い込まれた剣特有の傷が走っている。それらが何百、いや千にも届くか。僅かな時間で圧倒的なまでの体数を封じた証左だった。不意に体にふらつきを覚え、尻餅をつく。両手から剣が滑り落ち、乾いた音を立てた。幸い、活動可能な隷属者は辺りにはいない。

 『ダメだよ、『僕』。そこはまだ君自身が立ち入っていい領域じゃない』

 当然のように『僕』の声が脳に伝わる。

 『何で君がいるんだ?』

 『言ったでしょ。『僕』は堕ちてきたんじゃなくて降りてきたんだ。故にこちらにも浮上する手立てができたんだよ。これからは『僕』もあっちに来やすい』

 …なるほど

 要は俺のイデア干渉能力が一定を越えたから、深層と現実の繋がりが明確化したと言ったとろか。

 『…まあ、僕としては『僕』が真理に至るのも吝かじゃないんだけどね。ちょっと状況が変わった。一帯の生命の奔流が著しく乱れたんだ』

 『なら、そういえば良いだろ。まどろっこしい』

 文句を垂れる。遠慮はない。自分の狭量は自分が一番分かっているからだ。

 『僕は君を引き上げられる最も高い可能性を選択しただけさ。悪く言われる筋合いはないね』

 顔が引き攣らせながら頭を抱える。そうだった。昔のまだ集団にうまく溶け込めなかった時の俺はこうだった。ああいえば、こういう。典型的な天邪鬼あまのじゃく男児だ。

 …案外、覆えているだけで内面は餓鬼のままなのか。俺は

 内心で自分に問うたその時。地面から鋭く突き上げられた。地震のそうなそれは加速度的に強くなり、視界は乱れる。地響きの源はおそらく王宮。強い揺れの中、見上げると眼前に映された非現実さに目を疑った。王宮は巨大な樹木に内側から突き破られ、巻き付き圧縮されるように飲み込まれて行く。その中から先端に蕾を実らせた蔓がいくつも這い出てくる。元々王宮の中心だった場所には絡み合ってねじれ、大きな幹のようになったそれが鎮座する。そのこずえには一際大きな蕾が収縮していた。

 …あれは、薔薇?

 振動は止まり、俺は困惑する中剣を手に立ち上がる。瞬間、視界は警告の赤で覆われる。

 『『僕』!』

 「分かってる」

 『一縷の翳り生まれ落ちる。翳りは渦と成り立ちこめ。渦は豪炎となり、万物を混沌へと誘え。紋章解放——焼き尽くせ『炎の紋章』よ!』

 右腕を突き出し、炎を扇状に展開する。刹那、無数の小さな蕾が花開き、中央から禍々しい光線が放たれた。その一つが俺に直撃し、盾となった炎に阻まれて後方へと流れていく。徐々に光線の圧力は小さくなり、目を瞑るほどの眩さは収縮する。

 それと共に花は再び蕾となり、俺も『炎の紋章』を解く。

 辺りは砂の山。光線が放たれた場所は倒壊した家屋も瓦礫も傷ついた煉瓦の通りもない。あるのは剥き出しの岩場とそうだったはずのものだけだった。

 …これは

 破壊。全てを無に帰す能力か。そうだとしたらどうやって

 『違う。よく見てよ。あの威力の光線なら地面がえぐれて然るべきだ。でもそうなってない』

 『僕』の指摘を受けて再思考する。あの薔薇の怪物の能力は『文明を破壊する力』。

 少しの修正。けれど、敵の優位性は変わらない。全てを破壊し尽くす力と文明を破壊する力にそれほど大きな差はない。人が束になって築き上げるのが文明だ。正確に捉えられたところで何が変わるわけもない。

 隠し玉も隠し玉。ラスボスというにも程がある。ここまでは上手くやれたと思っていた。けれど、挫けそうになっていた。

 …近づいて倒すか

 無理だ。あの無数の蕾の群集を越えて至れるとは思えない。イデアの攻撃予測を用いても『摘み』の状況になるだけだ。

 …そもそもイブは、楠木は、シャーロットさんは、『レジスタンス』のみんなは

 辺りにその姿はない。それがトドメだった。膝から力が抜ける。

 「よっと!新くん、崩れるにはまだ早いよ」

 崩れる体に傍から肩を差し込まれる。見やると後ろからバロンを始めとする『法下の秩序(マグナ=カルタ)』を担当していた部隊が現れる。

 「どうして…」

 「バロンさんの『歪曲の紋章』で逃れたのです。あとは他の人ですが…」

 「大丈夫だぜ。なっ!イブ」

 「うん」

 遅れて現れたのは楠木とイブ、そして地上部隊の人たち…そして見知らぬ人が一人。

 楠木曰く、大半は攻撃が始める前にトンネル前まで集まり、もはや楠木の私物と化している『ヘクトルの紋章』で光線を防御。残りはこの都市に闖入ちんにゅうして来た深いフードに膝まであるコートのような装備を着たあの人が光線の最中、助け出したらしい。

 よくよく見ると既視感に晒される。記憶から引き出されるままに口から零れた。

 「…アキレス・キッド」

 周りが騒つく。それもそうだ。今や、ラビリンスでは知らない人がいないほどの有名人。コスプレでもない限りは間違いない。

 「有望冒険者:山神新だな。発掘屋(テリア):楠木から状況の説明は受けた。今より『レジスタンス』の指揮下に入る」

 ノイズの入った声。そこまでして正体を秘匿する必要があるのだろうか。そう疑問に思いながらも払拭する。今は王宮のアレをどうするかだ。

 「そんでアレどうすんだ。そもそも何なんだあれ」

 アイザックが静止している怪物を指差した。するとバロンが含み笑いをしながらカードホルダーから一枚のカードを取り出す。

 「そういうことは知ってそうな人に聞こう」

 その言葉と共に出てきたのは手を後ろに回し、拘束具をつけられた黒騎士だった。

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