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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第四幕_アガルタ解放戦線
137/191

百三十七記_描いた理想はかくも脆く

 ——同日、アガルタ王宮『謁見の間』

 「…『法下の秩序(マグナ=カルタ)』が落ちたか」

 偽りの王は玉座にて独りごちる。ここに座れば、王宮内の状況は手に取るように分かる。故に『法下の秩序(マグナ=カルタ)』近くの回廊に戦力を集めることが出来たのだ。

 外からは硝煙しょうえんが上がり、数多の咆哮ほうこう剣戟けんげきが宮廷へと流れ込む。その中でサイラスは思う。これまでだ、と。諦観ていかんにじませて一息ついていると耳があの聞き慣れた靴音を捉えた。石床を蹴り鳴らし、自らを誇示する不遜な音だ。

 …部外者が

 サイラスは項垂うなだれていた首をゆっくりと上げ、こちらへ進む人物を見据える。

 「これは、これはサイラス王。どうされましたか」

 きたる彼女はまるで何事もなかったかのようにいつもの道化じみた揶揄からかう声を響かせる。

 「『法下の秩序(マグナ=カルタ)』が落ちた。オリバーも死を運ぶ者(ワルキューレ)も堕ちた。我々の敗北だ。すぐににらみを利かせていた近隣の国家が介入するはずだ」

 「『法下の秩序(マグナ=カルタ)』の再起動は…」

 「…言っていなかったか。『鍵』を用いて『法下の秩序(マグナ=カルタ)』を落とした場合、行政的な理由と見做され、三十日間は再起動はできない。…仕舞いだ」

 サイラスは重い腰を上げる。何も国を壊したかったわけではない。ただ複雑と成熟を極めた国家を今一度、公平と平等の名の下に再興させたかっただけだ。敗北の色が濃厚になった以上、より良い負け方を考えなくてはならない。

 …私の主張は世界に残し、自らは審判を待つ身となろう。この都市が僅かにでも平等と公平を取り戻せるように

 執務室で資料の整理をせねばならない。私が何を成そうとしたのか。その記録を後世に残さねば。幸い、都市の再興に当たり大方は終わっている。

 …そうだな。私の主張を一筆認したためるだけの時間は残されているか

 サイラスはおもむろに天を仰ぐ。

 …ああ、そういえばまつりごとばかりで王宮の天を見たのは初めてだった

 綺麗なフレスコ画で飾り立てられていた。街中の人々がお互い作物や工業品を持ち合い、物々交換をしている。その顔はとても穏やかだ。街の皆が笑っており、穏やかで変哲のない時間が観える。今ほど物がない時代だが、精神は今よりずっと富んで…。

 それがいつ作られたものなのかは分からない。けれど、その思想はとても尊く…サイラス自身はそれを唯一の肯定と見てとった。

 …伝えねばなるまい。古き時代の理想を

 目尻から一筋が零れる。夢想から脱したサイラスはレディ・ローズへと視線を戻す。

 「…貴様もとんでもない化け物を容認したものだ。貴様が招き入れたあの少年。彼が全ての引き金だ。…聞いて驚け、彼が王宮外に放っていた十一の死を運ぶ者(ワルキューレ)を封じたぞ」

 皮肉だった。サイラスは荒い鼻息を鳴らす。早急に排除できていれば、そもそも都市へ入ったあの時に殺していれば、と。もっともあの時はここまでの脅威となるとは思っていなかったのだが。騎士の少女の方が要注意人物だった。つまりは当てつけだ。

 「…それは私も想定外です。申し訳ありません。サイラス大臣」

 レディ・ローズは形式的な謝罪を述べる。二年。それだけの間、協力関係にあっても彼女の底は見えなかった。ただ協力を惜しまなかったという事実はある。如何いかなロサイズムとは言えど、仁義は通さねばなるまい。

 「疾く去れ。レディ・ローズ。私と貴様の契約はここまでだ」

 刹那だった。左半身から猛烈な痛みが走り、その勢いのままにサイラスは玉座に縫い留められる。次の瞬間には数十の棒状の何かが刺さり、彼は動くことを禁じられる。あの靴音がゆっくりと迫り、影が落ちる。見上げたレディ・ローズの口は歪な形を成しわらっていた。

 「あは、あははははははははははははははははははははははは。はあ…。お腹痛くなりますよ。サイラス大臣。あなたの必要悪には反吐が出てたんですよ。ちょっとした仕返しです♪」

 彼の首をみやびな指でもたげると絶命間際のサイラスを前にレディ・ローズは続ける。

 「ううぅ……」

 「少し種バラシをしましょうか。私の最も重要な研究対象はあなたなんですよ、サイラス大臣。あなたが薬と思って飲んでいたアレ。種子に独自の改良を加えたものです。少しずつ少しずつあなたの体は少量の種子にむしばまれ、ゆっくりと二年の時をかけて生きたまま隷属者となりました。心当たりはあるでしょう」

 魅惑的な声が耳から内へ解け込むように流れる。朧気おぼろげな意識の中でサイラスは悟る。あの体の急速的な回復、老体を感じさせない身体の強靭化。そして、何より隷属者に指示を出せる権能こそがその恩恵だったのだと。

 「せいぜい暴れてください。私が逃げ切れるように」

 サイラスの意識はそこで潰えた。残ったのは魂魄こんぱくに刻み込まれるほどの史上欲求のみ。

 黒より暗き深淵で彼は一つの声を聞く。

 『あなたは願いはなあに?』

 …平等と安寧。それを成すための破壊と再生

 『じゃあそれ、私が叶えてあげる』

 すでに身体(エイドス)から切り離された魂魄(イデア)に無邪気な子供の声が刺さる。思考の余地のない境界でサイラスは願う。願ってしまう。故に願望は形を成す。

 瞬間、現世では王宮を中心に激しい揺れが起こった。崩落する王宮の中でただ一人の道化がわらい声を木霊させている。

 「ああ、これです。これが見たかった!私の研究の成果‼︎サイラス大臣、あなたには文字通り蛇使いになってもらいましょう」

 手を掲げ、高揚する黒薔薇の魔女は満足気に崩れ行く王宮から姿を消した。


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