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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第四幕_アガルタ解放戦線
132/191

百三十二記_庇護の終わり

 戦場を駆ける俺の瞳には赤い隷属者の輪郭が映る。相当な数だ。氷蔓ひょうまんとなった隷属者を越えて隻腕型、俊足型に、顎強がくきょう型など。隷属者の種類、数は地下壕襲撃時を凌駕りょうがする。それもその筈、ここはアガルタ王宮の敷地内だ。

 自明であることを胸中で垂れながら『氷結の紋章』を唱え、効力を回復させてそれを振るう。

 一秒のうちに三体の隷属者を凍らせる。そうして一体につき一つの『氷結』で完全凍結できると気づいた時、周りからも剣戟けんげきが聞こえ始めた。霧も晴れ始め縦横駆け回りながら、戦場を見やる。幸いなことに動いている隷属者があまりに多いせいか凍結した彼らにわざわざトドメを指すようなことをする兵はいない。

 …視界は良好

 イデアによる攻撃予測は精神力の消耗しょうもうが大きい。長期戦を想定し、意識的な接続を切ろうとしたその時、視界が赤の警戒色に染まった。赤が収束するのは後ろ。刹那、背に大きな影が落ちる。体をひねり、振り向きざまに剣をぐも吹っ飛ばされる。空中で姿勢を制御、着地し顔をあげる。その時、目に入ってきたものは異様と言わざるを得なかった。

 肥大化した右腕に、数多のつるが入り乱れたいびつな翼。下半身は俊足型の隷属者のように隆起しているがそれだけではない。その脚の後ろに二本の同じものがある。さながら、半人半獣のケンタウロスを思わせる。

 …あれがワルキューレ

 記憶の奥底にある情報を引き出す。『種子』に完全適応した隷属者。俺が今まで戦っていた第一種『エインヘリアル』など比ではない圧だ。畏怖が内に生まれるのを感じる。

 …でも

 天使の左腕が変形し、肥大した隻腕から『矢』が生み出され、それは閃光の速度で俺を射抜かんと放たれた。俺は体を反転させながら、矢と垂直になるよう剣を振るう。避けることは容易だった。だが、状況がそれを許さない。今は混戦だ。味方の誰が負傷するかも知れなかった。

 勢いをすぐには殺せなかった。より多くを救うという願いを持ったからかも知れない。氷結剣にはやいばがなかった。故に鈍器のような使い方になる。かといって戦鎚せんついのように重力を味方につけられるわけもなく…今、この瞬間だけは中途半端な武器に成り下がっていた。

 「うおぉぉぉぉぉ‼︎」

 目を見開き、矢との拮抗。次第に勢いは殺され、俺の目の前に役割を全う出来なかった矢が転がる。ただあまりに時間がかかり過ぎた。辺りには隷属者の群れ。あのワルキューレが『戦いは決した』とでも言うように左腕を下ろして翻すのが垣間見える。『氷結の紋章』を唱え、剣を振ろうとするも先に無茶な力を込めたせいで手が奮え、剣が握り込めない。

 一巻の終わり。皮肉にもイデアがその感覚を肯定する。

 …まだ…!

 盾を投げ捨て、剣を左手に持ち替える。そして、前方の隷属者だけでも封印しようと剣を振り抜こうとしたその時——。

 『お兄ちゃん、伏せて!』

 聞き慣れた少女の声が耳をつんざいた。


 *  *  *


 …始まった

 『部屋』の窓から外の世界を観測する。お兄ちゃんは途轍とてつも無い速さで天蓋へと向かい、穴が空くのと同時に外に出て、術式を展開する。彼はそれが光り輝き、バロンたちが転移して来るのを見届けずに戦場へと駆け出した。

 多分、お兄ちゃんは未来を視ているのだと思うが、私からするとお姉ちゃんのように経験を積み達人の域に達した武人の動きに思える。数の暴力を振う隷属者を彼は圧倒的な速度を持って、封じていく。どうやらその中で『氷結の紋章』一つで隷属者一人という私とバロンが導き出した解に到達したらしく、より動きに迷いがなくなった。

 そうしてしばらくした時だった。巨大な影がお兄ちゃんに迫った。彼は即座に対応するも唐突だったのか、攻撃が受けきれていなかった。

 …まだ、ダメ

 出て行きたい焦燥しょうそうに駆られながらも拳を握り込む。戦闘に介入するのは覆せないほどの窮地に彼が陥ったその時だ。思考に余剰が生まれないほどの火事場。お兄ちゃんは私が戦うことに反対している。私は、自身が出て行った時に出来る僅かな不意、その間隙かんげきで彼に証明せねばならない。事前にバロンと打ち合わせていたことだった。

 それに彼の未来予測は多くは危機から身を守るために発される。好転的分子。それも私が戦闘に参加するというあまりに予想外の因子は彼の観測結果を変え得る可能性を持つという副次的理由もある。

 彼に向かって二メートル近い巨大な矢が放たれる。辛くもそれを撃墜するも辺りにはすでに隷属者によって囲まれている。お兄ちゃんは差し違える覚悟の表情。振るえない右手に変わり左手を使うために盾を投げ捨てる。そうして切り掛かる刹那——

 今だ。

 すでに用意を終えていたGANDのトリガーを引きながら、叫ぶ。

 『お兄ちゃん、伏せて!』

 私は『部屋』と『世界』を繋ぐや否や、その縁に足を引っ掛けて飛び出す。

 『Aktiviere(アクティビエレ) emblem(エンブレーム)

 (紋章起動)

 『『Ambrosia(アンブロシアー)』『Gefrieren(ゲフリーレン)』『Spaltung(スパイトゥング)Starte(シュターテ) |zauberspruchツォオバーシュプルフ——Beenden(ビエンデン)

 (『アンブロシアの紋章』『氷結の紋章』『分裂の紋章』:詠唱開始——終了)

 宙に出た私はGANDの詠唱が終わると彼に迫る隷属者目掛けて引き金を引く。するとそれはすぐに別れ、周囲を凍結させる。丁度、お兄ちゃんが地上に出た瞬間そうしたように。地面に降り立つと『分裂の紋章』のつまみを切って、辺りの隷属者と一人ずつ完全凍結させる。

 「イブ、どうして…」

 明らかに困惑していた。彼は剣を構えたところで石のように動きが止まっている。

 「ごめんね、お兄ちゃん。お兄ちゃんたちが私を守ってくれるのは嬉しかった。でもね、守られ続けるのも苦しいんだよ。だから」

 私は下ろしていたGANDを引き付け、彼の方に向き直る。

 「覚えたの。戦い方。…お兄ちゃんはでかい奴をお願い。私は周りの隷属者を片付けるから」

 大事な事を話している。けれど、戦場はそれを待ってくれない。一体の隷属者が私たち目掛けて突貫してきた。

 …水差さないでよ

 躊躇ちゅうちょなくGANDで封じる。使用時の冷気が肌を撫でる。間髪入れず、斜め後ろにも別の隷属者が迫る。それを迎撃しようと銃を向けるが、私が発砲する前に怪物凍てついた。彼が静止から復帰し、切り上げたのだ。お兄ちゃんが振り返る。

 「イブ、君は言って聞くような性格じゃない。それは俺が一番分かってる。後でお姉ちゃん…シャーロットさんに怒られる覚悟だけはしといてね。…背中は任せるよ」

 彼は一息つくと私に合図を送る。

 「うん、任せてよ」

 私は銃を構え直すとワルキューレ目掛けて駆け出す彼の背を追った。


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