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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第三幕_宮廷の陰謀
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百二十六記_公然の中に隠された秘密

 ——忘れ去られた闘技場、夕刻

 避難所は思ったより混乱していない。住民の中には即席の生活環境を整えて始めている姿も散見された。確かに子供の中には癇癪かんしゃくを起こしている子もいたが、周囲の大人がやんわりといさめている。そのあまりに自然に見える光景がここの住民が長年置かれた状況を物語っていた。

 今は、俺と哨戒しょうかい部隊の人々を中心に傷を負った人の手当てを行なっている。楠木の安全を早く確認したかったが、個人的な事情を挟めないほど怪我人が多い。彼は果たして逃げ延びているのか。胸中に不安が渦巻く中、俺は手当たり次第に処置を行なっていた。

 「怪我している方いらっしゃいますか」

 数あるテントの一つをめくる。すると複数の手が上がるので順に見ていく。包帯で済む人は包帯で、外科的処置が必要な場合は指定の場所を伝えその場にある素材を用いて担架の作成を指示。そうして状態に応じた処置を行なっていくとある人に問われる。

 「この子はもう駄目でしょうか」

 ……。

 口をつぐむ。全身を切り裂くように走った引っ掻き傷に左腕の欠損。恐らく隻腕発達型に襲われたのだろう。息は耳を近づけてやっと聞こえるほど。紋章によって止血はしているようだが、衣服に付着したそれを見る限り流れ過ぎている。

 「すいません。俺から指示できるのはテントの奥ではなく手前に移動することだけです」

 …何かの感染症の原因になっては報われないでしょうから

 そこまでは言えなかった。幸い、避難者は指示通り外側にその子を動かしてくれた。俺は一連のことを見届けるとテントを抜けて、次の避難者が固まっているところに向かう。

 自分の左手を強く砕けるほどに握りしめる。助ける手立てはその手に握られていた。

 『水の紋章』。

 一節なら該当箇所の軽度な傷を。

 二節ならあらゆる傷を。

 三節なら治療不可、もしくは死人同然の人間の蘇生を。

 俺の心理的な痛みを代償にあらゆる者を治すことができる。ただその量はあまりに少ない。一節のみの使用でも百人と少しが限界だろう。三節なら、一人。一年半前に楠木に使用した後すぐに倒れている。推定六千人が逃げたこの場所で混乱の種になりかねないこの紋章を使うわけにはいかなかった。

 …それがより多くを助けると信じて

 そうして俺が心を鬼にしながら、とあるテントから出たその時。誰かに肩を叩かれた。

 トン、トン。

 「遅くなったね、新くん」

 変重心の立ち姿に微妙に開き切っていない手。…バロンだった。すでにあの襲撃から二時間以上も経っていた。

 「…生きてたんなら、どうして早く来なかった」

 俺は彼を糾弾するようにめ付ける。好感度的にはバロンが『レジスタンス』のリーダー。以前からそう思っていたが、避難した住民と関わる上で俺はそれを再認識していた。彼は住民の心の支えでもあった。『バロンさんはどうなった』、『バロンはー?』『バロンちゃんはどこ行ったね?』。傷云々(うんぬん)よりもそう聞く人たちが数多くいた。住民の士気を下げないようにはぐらかすのには骨が折れた。

 「まあ、ちょっと野暮用でね。…新くん、ちょっと付いてきてもらっても良いかな」

 バロンは勝手に俺がこの辺りから抜けることを別の人に伝えると俺を手招きした。

 後を付いていくと一つの天幕に辿り着く。そこには哨戒部隊と俺を含め、楠木が召集されていた。姿を見て安堵する。これから何かが始まるのは明らかだった。

 視線をバロンに戻すと、どうやら呼び人は俺が最後だったらしく一人長机の前に立った。

「みんなよく集まってくれたね。…僕らこれからアガルタ王宮に乗り込む」

「…ゾッとしねえな。どうした血迷ったか」

 皆がいぶかしげな視線を送る中、一人アイザックだけが言葉を垂れる。

「いいや、むしろ素面しらふさ。ちょっと今回の襲撃でこちらも動きざるを得なくなってね」

 バロンは理由わけを話始める。

 1.黒バラの刺客が何処に潜んでいるか分からないこと

 2.地下壕と違って、闘技場は全員分の食料を長期的にまかなう余裕がないこと

「故に、早急に本拠を落とす必要が出てきたんだよ。…僕も半ば賭けになるような戦いはしたくないさ。けどね、ヤらなきゃヤられる。もうその段階に立ってしまったんだ、僕たちは」

 それとなく感じていた状況を言語化されることで事態が逼迫ひっぱくしていることが分かり、その場の皆が難しい顔をする。俺自身も目の前のことに追われて対局的な考えを持てずにいた。ただ今の話で核心に至る。この国は崩壊寸前で二年もの間成り立っていた。絶妙な均衡が今回の襲撃で砕け去ったのだ。

 「…作戦は?」

 重々しい雰囲気の中、俺は戦慄わななく口を開く。誰かがこの沈黙を放たなければ何も始まらない。そう思った。仮に未だ何らかの手段で外と連絡可能な刺客が残っているのだとしたら、時が経つほどに状況は不利になっていく。一刻の猶予ゆうよもない。

 バロンは俺の声を皮切りに周囲を見やる。各々から肯定的な反応を受け取ると話を前に進めることを決めたようだった。

 「…明くる七月十七日。作戦は以前と同じトンネル開通からの奇襲で行く」

 「え…。でも…、バロン後二週間、掛かるって…」

 一拍置いてから計画を述べるバロンにプリアが自信なさげにつぶやく。彼女の言っている事は最もだった。俺がきた時…七月五日時点で『一ヶ月』と銘打っていたはずだ。それを踏まえると作戦の遂行はあまりに時期尚早に思える。しかし、バロンは指摘を受けても平然としていた。

 「大丈夫だよ。僕がここにすぐに来なかったのはトンネル工事を任せている所長と話を付けてきたからだ。作戦開始と同時に爆裂系の紋章で強引に地上と繋げる」

 …なるほど

 それまでは手掘りの工事。紋章も使わなければ、重機も一切用いない古典的なやり方だった。その利点は音を比較的漏らさずに作業を進めることが出来ること。実際、これまではそうして敵の目を欺いてきたのだ。だが、拠点を暴かれたことでそう悠長に構えることができなくなった。確かに一度きりの瞬間的な攻勢なら、音による問題は考慮しなくていい。成功条件は王宮の『法下の秩序(マグナ=カルタ)』の制御装置の破壊によるアガルタの解放と言ったところだろう。ただ、このバロンの作戦の場合、敵を引き付ける役と潜入する役が必要になるか。

 「何かしら動かなきゃなんねえのは分かった。…ただな百歩譲ってバロンので行くにしても『敵がもうトンネルの工事現場の存在に気づいた』って状況なららどうしようもないぜ」

 俺がバロンの作戦への理解を深める中、またしてもアイザックが声を上げる。それが難癖であればどれだけ良かったか、彼の作戦を覆すその前提は的を射ていた。敵が居住区に転移してきたことを考えると地下壕の地理的情報を抜かれていてもおかしくはない。

 ただそれはあり得ない(・・・・・)。俺と同じことを思っていたのか、それまでだんまりを決め込んでいた楠木が元の位置より数歩出て、自身へと周囲の視線を誘導し、アイザックの方に体を向けた。

 「確か、アイザックだったか。お前の考えは確かに違えねぇ。けど、それ百でないぜ」

 「んだと、つーかお前誰だよ」

 「そこの山神新の発掘屋テリアの楠木晴人だ。聞くぜ、アイザック。お前、工事現場が何処か。明確に(・・・)答えられるか」

 その問いがこの場に響いた刹那、バロンの口角が策士のように吊り上がる。それが俺たちを含めた何人かの予測を肯定していた。

 「……⁉︎」

 アイザック自身も問われた刹那に気づいたようで得心のいった顔をする。分からなかったのも無理はない。当然とされてきたものの中に隠されていたのだから。俺たちがすぐに解に至ったのはここに来てまだ日が経っていない。…まだ常識として根付く前だったからというだけだ。

 「さすが楠木少年だよ。…相変わらず鋭いね。彼の言った通りだ。君たちも反芻して気づいたと思うんだけど、トンネルの正確な位置は僕と所長しか知らない。その所長と作業員には今、闘技場の方に来ないようにと釘を差してある。だから実質、知っているのは僕だけさ」

 それは巧妙な策だった。『レジスタンス』の庇護下にある住民に希望を与えるために『トンネル開通による奪還作戦』があるという話だけを流しておき、怪しまれないように作戦の一部…明確な遂行日数を語り、場所は知らせない。

 おそらくバロンは裏切り者が出る可能性を始めから考慮に入れていたのだ。だが、その可能性を排除するために避難民を吟味するような事はしなかった。下手したら死人が出るからだ。リスクを抱えた上で受け入れた。そして辛い日々を耐え抜くには希望が必要。それが工事と工期の解禁だ。住民の不満を抱かせない情報統制にバロン自身のカリスマ性が為せる技。口で起きた事象を語るのは簡単だが、混乱の中実行することは難しい。もはや、賢王の手腕だ。

 「ここに呼んだのは身の潔白が証明できる人だけだ。哨戒部隊は言わずもがな。何せ、僕がここに来てから結成したからね。君たちが団員になる時、体の目立たないところに『導の紋章』を刻んだよね。それが何より今日日の『白』を物語っている。新くんたちは都市で救助したわけじゃなく、完全な部外者だ。何より連れてきたのも僕だしね」

 哨戒部隊に追跡を可能とする紋章が刻まれていたことに驚き、隣に立っていたシャーロットさんに耳打ちする。すると俺たちが来た日以降に救助された人もアガルタ上がりの場合は刻印が行われていたことを伝えられた。俺にはバロンの剽軽かつ軽薄で気のいいおじさんのように見えていたが、どうやらそれが隠れ蓑であることに今更気づき、彼に関心を寄せる形になる。 

「それで何だけど、前提として最速で王宮内に入る。それから『法下の秩序(マグナ=カルタ)』を止めに行くよ。とりあえずこんな感じで各自の配置を考えてみたんだ。これを土台に少し話し合って班分けを決めよう。その後はゆっくり休んでほしい。明日の早朝にはトンネルに転移して作戦を決行することになるからね」

 予想した通り、部隊は大きく二つ。『王宮内を掻き回す役』と『『法下の秩序(マグナ=カルタ)』の制御装置を止めに行く役』とで別れていた。割合は二対一。制御装置側には単身の馬力が高い人が優先的に選出されている。それ以外は陽動という構成だった。

 哨戒部隊における単体最高戦力であるシャーロットさんは制御装置側に、俺と楠木は掻き回す役に配置されている。俺たちがそちらの役回りになったのはおそらく俺の『イデアによる攻撃予測』と楠木の優れた状況判断能力を買われてのことだろう。確かに多数の隷属者相手でも十二分に時間稼ぎをできる自信はある。

 「それと悪いけど、黒騎士は僕と対峙させてくれ。先の戦闘経験もあるからね。それと『法下の秩序』の解除はシャーロットちゃんに任せるよ…実はこんなものを持っていてね」

 バロンはポケットの中をごそごそと漁ると中からキラリと光るものを取り出した。紐で作られた輪っかに彼指を引っ掛けて彼はクルクルと回す。時折、おぼろげな電球の光を反射するそれをひとしきり回すと器用にシャーロットさんの方へと放った。

 「…コレは?」

 手のひらを広げて金属片を受け取った彼女は不思議そうな声をあげる。それが何らかの鍵であることは明らかだった。

 「それは『法下の秩序(マグナ=カルタ)』の制御装置の鍵さ。運よくそれを携帯した隷属者から手に入れることが出来てね。僕、実は王宮で仕事をしていたこともあるから何かはパッと分かったよ」

 バロンはさらりと過去を告げる。掃除などの雑事に従事していたのか、要職だったのか。少々気になりながらもそれを脳裏で破棄する。今は瑣末さまつなことにかまけるわけにはいかない。シャーロットさんは使用法について説明をバロンに求めたが、「行けば分かる」とのことでその話は終止する。その後、若干の変更があったものの概ね彼の想定した形で部隊編成は落ち着いた。

 「集合は闘技場の真南の出口にしよう。それじゃあ、みんな。明日は頼むよ」

 作戦の伝達を終えると幾つか事前の打ち合わせを経て、お開きとなった。

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