百二十四記_哨戒部隊の帰還
「シャーロットさん、源は断ちました。次は!」
「10時方向でお願いします。数が多いです。」
「わかりました」
おそらく近くに複数あるのだろうと検討をつけてその場を立とうとしたとき、ウィリアムさんの動きがぎこちなく見えた。応戦を続ける彼を具に見やり、横腹に血が滲んでいるのを発見する。俺は彼に近づきながら、後ろ越しの取手に盾を掛けると左手を掲げた。
『その身は炎の中で揺蕩う。収束せよ、『水の紋章』よ』
刹那、相応の精神性の痛みが置換され、胸を貫く。上半身の筋肉が反射的に収縮する。バランスが崩れ、倒れそうになるのを一歩の踏み出しで耐える。
傷が治ったことを知覚したのか、ウィリアムさんが俺に視線を送ってくる。
「ありがと、山神くん。さあ、後は任せなさい」
瞬間、露骨に戦斧の扱いのキレが増した。既に連戦に重なる連戦。それにも関わらず、ボルテージが上がる。圧倒的な気迫に全身が震える。気分が高揚したからかもしれない。先の精神性の痛みがかき消された。時を同じくして増援が到着する。
「やっと着いた。山神くん、首尾は」
「私から説明を、新さまは早く大元へ」
「シャーロットちゃん⁉︎なんで…バロンくん達はまだ——」
「その話は後です!エルンストさん私の指揮下へ——」
続け様に起こる問答を聞くことなく、俺はその場を離れた。同じ要領で『歪曲の紋章』を破壊し、境界線に戻る。すると後から来た彼らの姿は消えていた。代わりに11時方向で別の戦闘音が鳴っていた。辺りを見るとそこが最後の隷属者の門だということが分かる。
…行かないと
彼らの方へと向かおうとしたその時、シャーロットさんに呼び止められる。
「扉の閉鎖は彼らに任せます。新さまは一帯の隷属者の掃討を。絶対数を減らしましょう」
それに首肯して再び境界線から離脱。避難民が居ないと確定した時から切っていた攻撃予測を発動。隙間を縫って駆け抜ける間に進路上にいた隷属者を屠る。そうして異形が蠢き、四方を囲まれる中をさらに進む。
『一縷の翳り、生まれ落ちる』
体は既に群体に呑まれた。
『翳りは渦となり立ち込める』
だが、その数が仇となる。多対多であれば、数は正義だ。多対一はより有利。しかし、多すぎる多は互いが互いの動きを阻む。
『渦は豪炎となり、万物を混沌へと誘う』
俺は剣を逆手に握り直り、それを煉瓦の間に深々と突き刺す。
『紋章解放、焼き尽くせ『炎の紋章』よ!』
詠唱を終えると剣身に満ちる炎が地へと伝わっていく。瞬間、俺を中心にドーム状に火の渦が展開され、隷属者たちを火車にする。飛行型が墜落するのを皮切りに一人また一人と倒れる。
先の戦いで分かっていた。隷属者の血液は二年の月日を経てとうに枯れている。
水なき物はよく燃える。
辺りには炎上と灰だけが残る。俺は柄を握りしめると深々と刺さった剣を引き抜く。その時黒い影が落ちた。気づかなかった。火の紋章はイデアから齎されたもの。だから、三節唱えた直後で上手く攻撃予測が働かなかったのかもしれない。
時間が急激に引き延ばされる。首を捻ると後ろには花弁は燃え尽き体は黒焦げの隷属者。武器として肥大した左手がかろうじて隻腕型だというアイデンティティを残す。それは俺を切り裂こうとしていた。
…成り立てが混じってたか
誤算だった。確かに少ないとはいえ、生き残りや『レジスタンス』の庇護を受けられなかった観光客がいたかもしれない。俺は現実から目を背けるように瞼を引き絞る。
バンッ!
絶妙なタイミングで聴き慣れた銃声が轟いた。それはこの都市に来て天に放たれたものと同じ物。脳髄を撃たれ、体勢を崩した隷属者が右横に崩れる。
「ここにレジスタンス所属アガルタ哨戒部隊ただいま見参、ってね。大丈夫かい?新くん」
奇妙の銃を肩に担ぎながら、ここぞとばかりに決め顔をしたバロンが現れた。