百二十記_唯一の執行者②
…私もタダでやられるわけないけどね
いつの間にか蔓は右手にも伸び、短刀の先で絡み合い長剣を形成していた。青年が再びこちらに踏み込んでくる。それが攻防再開の合図だった。唯一の幸いは相手が武芸者ではなかったこと。確かに驚異的な身体能力に異能の力は脅威だが、慣れさえすれば攻撃は読みやすく、避けやすい。私はGANDによる銃撃を基軸に迎撃をしながら、口を開く。
「ねぇ、君。目的は何?」
言いながら、敢えて攻撃の手を緩め相手優位の状況を作り出す。それは自分が支配していると思わせれば、手早く情報を吐いてくれると思ったからだった。
案の定、彼は猛撃を繰り返しながら話し出す。
「僕はここの情報を持って王宮に帰る」
あの蔓を見たときに予測はできていた。さらに会話を続けると、『レジスタンス』の地下壕の地形情報を知るために一年前に避難民を装って潜り込んだこと。そして、帰還に定められた日が今日であることが分かった。
「貴方もアガルタの住民なんでしょ。レジスタンスが勝つって思わなかったの」
すると目の前の彼は口元をへの字に曲げた。顔からは悲痛さが溢れ、わなわなと震える頬をこじ開けて叫ぶ。
「勝てるわけないだろ!」
雄叫びと共に振り下ろされた直剣を避けると互いに静止。空間に二つの洗い呼吸が伝播する。
「僕だって探したさ。『レジスタンス』は切り札を持ってるんじゃないかって。あの『掘削計画』だって開通した後どうすんだよ。どうやってアガルタを奪還すんだよ…。教えてくれよ、なあ!」
「……」
彼は責め立てるように私へと切先を向ける。程のいい八つ当たりだ。何をしても変わらない未来を嘆く戯言だ。お兄ちゃんたちは幾度もそんな逆境を越えてきた。私は知っている。だから、同じ壇上に立って一言真っ向に騙ればよかった。「そんなことはない」と。
ただ私には出来なかった。私は変わらなく果てしなく続くように思える辛く苦しい日々を知っている。彼がこの場で抱いている感情も手に取るように分かるのだ。『アンブロシア』の調整体だった頃の記憶が刺激されていた。
「…だから、僕はこっち側につく事を選んだ。自分だけが生き残る可能性を手に取った」
渇いた笑い声が水路の中を満たす。それは自らの空虚を埋めるような辛酸なもの。滲むのは現状への絶望とこんな自分を誰が罰せる、という開き直りだ。
「…はぁ」
話を聞くという私の矜持が愚策へと転じた瞬間だった。訳は分かった。しかし、激情していた彼がまともな思考出来るほどに覚ましてしまった。
「ああ、そうだ。よくよく考えれば君一人に知れたところで僕らが負けることはない。用意周到なレディ・ローズのことだ。すでに部隊の出撃準備は整っているはずだ」
私は表情から、雰囲気から全てを察す。『氷結の紋章』に対応している摘みを捻り、トリガーを出来うる限り最高の速度で何度も引き絞る。そして生成された氷の弾丸は青年の両足から右半身にかけて氷漬けにする。
GANDを構えて慎重に近づく。ジリジリと間を詰め、ついに銃口がこめかみにひたと付く。
「終わりよ。降伏して」
静かで冷ややかな空間に私の声だけが響く。それが収まるや否や、青年は異様に口角を釣り上げた。