百十六記_町外れの変わり者
「ねーねー、バロン。今日はどこ行くの」
「あれ、前言わなかったっけ?イブ嬢の装備買いにだよ」
「知ってるもん。それ以外で」
私はわざと頬を膨らませる。せっかくの買い物なのだ。色々なところを回りたい。いつも『部屋』に閉じ籠っている私にとって街に出る≒買い物をするのは一大イベントだ。旅の中でも多くて週一回、長ければ何週間も町に出られず『部屋』とテントを行き来する生活が続く。だから、一度の買い物で目一杯疲れるまで街を回るのが私の流儀だ。
「ん〜困ったな」
バロンは頭を掻き始める。最近、それは彼が頭を使っている時に出る仕草であることが分かった。なかなか思いつかないらしく腕を組み、首を数回捻ってから彼は言う。
「とりあえず、武器屋行こうか。買い物が終わるまでにおじさん考えておくよ」
「んー、分かった」
すぐに「どこ行こうか」と言う話し合いにならないことにヤキモキしながらもバロンの言葉を承諾する。
…楠木連れてくればよかったな
ふと脳裏で考える。楠木はいつも「あっち行こう」「こっち行こう」と次々目新しいものを見せてくれる。前に聞いたことがあるが、冒険者のお兄ちゃんの支援する仕事柄色々なことを知っておく必要があるらしい。町について滅多矢鱈に詳しいのはその一環と言っていた。
まあ、無いものねだりしてもしょうがない。私は今日一日を楽しむことを心に決め、強く一歩を踏み出した。
「ねー、まだ〜」
歩き続けて一時間。未だどこへもよらず、武器屋を目指していた。バロンは大人で背も高いからそこまで疲れないのかもしれないが、私はそれなりに疲れる。バロンの一歩は私の二歩だ。午前中ということもあり、人だかりが多いのもそれに加担しているかもしれなかった。
曰く、武器を扱う店は避難民に戦下であることを思い出せないために地下壕の中でもかなり特殊な場所にあるらしい。
肩を揺らしながら歩くことしばらく。人の波が急速に落ち着き始めた。先の話を照らし合わせるとそれはそのまま武器屋が近づいていることを示していた。
「歩き詰めで悪かったね、イブ嬢。着いたよ」
地に落としていた視線を上げると白と赤のレンガで出来た周りと比べて異質な門構えが目に入る。
「ここ…?」
正直、入る気がしなかった。建物の個性があまりにも強すぎる。周りは露出している岩を朧げに光る橙のルクス光が照らしているのに対し、バロンが案内した店は白一面に鮮やかな赤のレンガが並んでいる。ノスタルジーの中にポツンとメルヘンがあるようだった。ここだけが完全に孤立している。街でよくある景観うんぬんはないのか。
…なんか嫌な予感がする
「ほら、入った、入った」
硬直する私の背をバロンが押す形で私はそのお店に入店した。
「いらっしゃいませ〜。…ってバロンじゃない。どうしたのよ」
白いワイシャツに小豆色のベスト、黒パンツ。中から出てきた男の人はバロンを見た瞬間に柔らかい声色を落とした。しかし、自然と落ちた視線は私を捉え、凝視される。それを少し怖く感じてバロンの後ろに隠れる。
「あら、やだ。可愛いじゃない。貴方ラビリンス中をほっつき歩いてる間に子供こさえたの」
私から目を離し、バロンに向けると驚いたように目を見開く。
「冗談きついよ、ウィリアム。僕が子供できたなんて話、いつしたよ。この子は…その…人の子だ」
「…訳ありね、まあいいわ。要件を言って頂戴」
その人はバロンの語感から怪しさを汲み取ったものの特段意に返さずに会話を続ける。
バロンはウィリアムという不思議な男の人に私の装備を見繕って欲しいと頼んだ。
「…まさかそんな小さな子を戦わせる、なんて事ないわよね。そもそも戦えるの?私には可愛らしいお嬢さんにしか見えないのだけど」
…確かに
今日の格好は街中の綺麗な人を模したものだ。さらに私の年を考えると戦う力がある方が少数派だろう。
「そのまさかさ。でも戦うって言うのはちょっと違う。冒険者とか軍人とかとはね」
「それなら、なんで私の店に来たわけ——」
「守るためだよ。弱い私はもう嫌なの。だから最近はバロンに鍛えてもらってる」
バロンへの問いだと言うのは分かっていた。ただそれは自分で言わねばならない、そんな直感が働いた。バロンは私の発言に驚きながらも小気味よさそうに口角を上げる。
「…ウィリアム、この子の言う通りさ。元々鍛えてはいてね。間合いの計り方とか甘いところもあるけど、勘所はいい。徒手空拳なら中層域の冒険者並だよ」
ウィリアムさんは面食らったように刹那の静止。それから頭を抱えて首を振る。私とバロンを見て、交互に視線を動かすと彼は大きく息をついた。
「案内人のあなたが言うなら、間違いはない。こんなの他のお店だったら、門前払いよ」
彼はお店の中へと身を翻し、半身になると言い放った。
「付いてきなさい。あなたの装備見繕って上げる」
そうして私たちはそのお店『ars gulielmi(ウィリアムの芸術)』に招かれた。