百十三記_超信用してる
「…前に言ったでしょ。私はロサイズムの施設からお兄ちゃんに助けられたって。私、背中に紋章があるの、『アンブロシア』っていう紋章」
アンブロシア。お兄ちゃんがいうにはギリシアという国の神話、その中に出てくる神さまの食べ物の名前だという。私には無尽蔵の生命エネルギーが満ちていて、それが急速に失われない限りは死なない。
「つまりはその体の紋章にガンドが反応して弾丸を作ったわけだね」
「そういうことだと思う」
私はバロンに全て話した。自分がロサイズムの実験体でアンブロシアに唯一適合した調整体であること。それを彼らに利用されていたこと。その全てを。
「君、そんな訳あり娘だったのかい。紋章の身体刻印なんて余程じゃない限りやらないよ。死んでしまう人だって大勢いるんだ。…っていうか、そもそも僕に言っていいのかい、それ。永遠の命を欲しがる人なんて挙げたらキリない。今からおじさんがイブ嬢をさらって悪いことに使ってしまうかもしれないよ」
彼は話を聞いて私に脅かすように言う。手を肉食獣のそれに模しているユーモアが如何にもバロンらしいと思った。思わず、クスリと笑ってしまう。
「バロンはそんなことしないよ。理由さえあれば、私みたいな小さい子にだって武器の使い方を教えちゃうお人好しだよ」
むしろ、境遇に同情するタイプだろうと私は考えている。それはこれまでのバロンの行動から明らかだった。なんだかんだ人に世話を焼きたがるのが性なのだ。だから、レジスタンスの人たちにも好かれている。
「困ったなぁ…。おじさんイブ嬢に超信用されちゃってるじゃん」
頭を掻きながら、彼は嬉しそうに照れ臭そうにニヤける。
「うん、超信用してる」
私は出来得る限り最大の笑顔を作って彼へと向けた。
それからはガンドを用いた訓練だった。私の持っているのはGANDⅡではあるけれど、『アンブロシア』を弾として換算すると実質的にはGANDⅢ相当。仮にGANDⅢを持てば、事実上四つの紋章を並列使用できるとのことだった。しかし、訓練中は『コルクの紋章』を使うためスロットは一つに制限される。あとバロンに言われたのはどうにか『アンブロシア』が自動発動しない方法を見つけなければならないということだった。
ただこれは解決したも当然だ。紋章発動時の力の奔流を体を力んで抑えると、目に見えて弾速が遅くなった。だから、あとは慣れの問題だ。
「それとね、イブ嬢。明日からはガンドを持った状態で組み手をやるよ」
初めての特訓の終わり際バロンは徐にそう言った。
「なんで?」
「これ持ったまま、組み手できないと戦ってる時にガンド使えないでしょうが」
「あ、そっか」
何か言いそびれたことないかな、と言いながら、彼は見上げながら歩く。
「あ、そうだ。イブ嬢、ガンド出せるかい」
ポケットに入っている『回収の紋章』を引っ張り出すと、その中から目当てのものを取り出す。
「ここなんだけど…動くんだ。これで紋章の使用、不使用を手動で操作できるようになっているんだよ」
私のガンドに手を添えると銃身側面に付いた二つの摘みを縦にしたり、横にしたりを繰り返す。曰く、縦が「使用」、横が「不使用」とのことだった。
「ああ、あとそうだ。新くん達にそれ見つからないようにしてよ。僕、怒られちゃうからね」
バロンはそう言いながら苦笑いをする。時を経る度にそれは掠れ、最後には大きなため息となる。怒られる様を想像したのか、胸を右手で弄っている。ただそれは悔いているようにも見えた。私に戦い方を教えてしまったことを。
「バロン、私が選んだことだから気にしなくていいんだよ」
すると彼は不意に私の頭の上に手を置き、屈んだ。
「…出来た大人はこんな事しないんだよ、普通は。でも僕は君の気持ちも分かるからね。ダメなことをしてしまっているんだよ。イブ嬢もそれは知っておいてほしい」
諭すような口調で穏やかに言葉を口にすると、彼は再び立った。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「マイヤー、帰るよー」
バロンの言葉に頷いてから闘技場内をほっつき歩いていた彼女に声をかける。すると鳴き声と共にこちらへと走ってきて、私の腕の中に収まった。
『歪曲の紋章よ、理の外に存在せし獣を今一度解放し、我眼前に彼ノ地へ続く門を開かん』
そうして秘密の特訓その一日目は終わった。