百十二記_GAND②
『hallo! Ich heißen [GandⅡ],Wie heißt du?』
(こんにちは!私はGANDⅡと申します。あなたの名前は?)
愉快な声色で何やら話しているが、何を言っているかはさっぱりだった。『疎通の紋章』が機能していないのだろうか。
「…バロン、これ。なんて言ってるの」
「あ、そうだよね。分かんないよね」
私の言葉にバロンは苦笑いをする。聞くところによると世間に流通している『疎通の紋章』は同族間でしか翻訳してくれないらしい。つまり、機械か何か分からないコレの言っていることはそもそもの言語を知らないと分からないのだ。
しかし、バロンは事もなくその言葉を翻訳してくれた。ドイツ語らしい。なんで分かるのかと聞いたら、「ここに来る前、色々な国の人と話す仕事をしていた」と教えてくれた。
「今のは『こんにちは!私はGANDⅡと申します。あなたの名前は?』っていう意味だよ」
「…イブ・フロスト」
『Ich |registriere ihr name!』
「私はあなたの名前を登録しました」
『Auf gute |zusammenarbeit!』
「これからよろしくね」
「…よろしく」
機械と喋っているのか、バロンと喋っているのか、こんがらがりながらも一言零す。銃の側面に点いていた電球も光を失ったことで自分が所持者となったことを悟った。
「それで、バロンなんで私のって古そうなの」
「僕が持っているのは『GANDⅢ』。君のは『GANDⅡ』。イブ嬢に渡したのは古いやつなんだよ。守るだけならその性能でも十分さ。…ねだられても渡せないよ。コレは僕の命綱だ」
バロン曰く、『GAND』と呼ばれる「紋章を自動詠唱また即時複合可能な銃」はそれ自体が稀らしい。GANDⅡは大きな戦争に勝つためにドイツが既存のGANDを秘密裏に改良したもの。GANDⅢは二千年を目処に起きた魔獣の大侵攻、それに対抗するために『紋章院』と呼ばれる機関がGANDⅡをさらに改良したものとのこと。違いは同時に読み込める紋章の数。Ⅱは二つ、Ⅲは三つまで。素材に深層域の金属が必要なことに加え、銃身自体の動作させるためにはとてつもなく複雑な紋章式を刻印しなければならないそうだ。故に絶対数が少ないらしい。
「ふーん」
説明は分かったような…分からないような話だったが、まあ、貴重な銃の一丁がここにあると思っていればいいだろう。そもそもこうして訓練をしたり、武器を提供してくれたりするだけでもありがたいのだ。
私はそんなことを考えながら、大きな銃を手元に持ってくる。バロンは片手で扱っていたが、私にはまだ重い。左手を銃身に添えてちょうどよかった。
「それじゃあ、まずは構えてみようか」
「紋章入れなくていいの?」
「それは後。使い方も知らずに誤射…えっと間違って撃ったら大変だよ」
…確かに
彼の意見に同意し、半身になって銃を構える。照準を的に向けるとバロンから指示が入った。
「ガンドの上に出っ張りが二つあるよね。片目を瞑ってその間から的を見て」
私は首を傾けて、銃をより頭の近くまで上げる。
「それでトリガーを押す」
カチ。
『Aktiviere emblem』
(紋章起動)
「「へっ」」
私とバロンは予想外の音声に驚く。直後の記憶を省みるが私たちは紋章の刻まれたカードの一枚も入れていない。しかし、銃もとい、『GAND』はガイダンスを続ける。
『『Ambrosia』Starte |zauberspruch——Beenden』
(アンブロシアの紋章:詠唱開始——終了)
音声の意味はバロンの持つ『GANDⅢ』と同じだろう。それに紋章名でおおよその想像はついた。彼の時と同じように紋章の効果が僅かながら、外部に影響を及ぼし気流が立ち込める。
それに負けじと腰を低く落として耐え、私はトリガーを引き絞った。
すると銃身を中心に渦巻く気流は銃口のあたりで収束し、琥珀色の弾丸となって吹っ飛んでいった。あまりに反動に銃口は上を向き、体が仰反る。姿勢を安定させるために二、三歩後退して重いガンドをぶら下げた。
顔を上げて弾の行方を追う。それが分かった私は肩を落とす。的に擦りもしておらず、闘技場に新たなひび割れを作っているだけだった。
「こんなの見たことないよ。…でも、イブ嬢は何だか分かっているみたいだね」
バロンは私の弾が出て行った方を見てからメガネの付け根部分をクイッと上げて私に視線を送ってきた。